見しままのありしそれとも

 

2017/08/07
歌仙×宗三(宗三×
女体歌仙あり)
「入りてはしげき」続編/コメディ/全5話+後日譚
※は18禁/2〜5話(
は女体注意/2・3話)


見しままのありしそれとも覚えぬは我が身やあらぬ人やかはれる とりかへばや物語
(昔からの夫婦でありながら、今は以前のままのあなただと思えないのは、
私が?それともあなたが変わってしまったからなのでしょうか?)
    



  <其乃一>


「歌仙兼定、気をつけて」
 長すぎる袴に躓きそうになる歌仙兼定に、前を歩く宗三左文字が後ろを振り向いて声をかける。
「ま、待ってくれ、宗三左文字どの、」
 うろたえた気配を隠し遂せもせず、歌仙兼定が声を上げた。
 脇差の毒に中って体が女性と化してしまった歌仙兼定を気遣って、同行していた薬研藤四郎ともども、城に帰還してきていた。
 人目を避けるようにしながら、刀剣男士たちの居館がある場所目指して三人は城壁の内側を歩く。
「なるべく早く、僕の居室に入ってしまいましょう。あそこは奥まっていて、ほかの刀剣男士は滅多に来ませんから。歌仙兼定、近侍のあなたの居室は主の本丸に近すぎて、数多の刀剣男士が傍を出入りしますから、避けたほうがいいでしょうね……その姿を誰かに見現されたくなければ」
「こんな姿、きみにだって見せたくはなかったよ。自分でも見たくなかった」
 歌仙兼定が珍しく情けない声を漏らす。
 男だった時と比べて掌一つ分も背が縮み、歌仙兼定は宗三左文字に見下ろされる身長になってしまっている。背伸びしていないと袴の裾を踏んでしまうのはその所為だ。歌仙兼定は一周り小さくなった手で、黒い外套の襟元をぎゅっと寄せ、胸元を必死で抑えている。兼定派に共通する首元の大きく割れた上衣が、女の尻のように膨らんだ大きな胸を厭でも露出させてしまうので、歌仙兼定はそれを覆い隠すのに苦労していた。
「之定の旦那はお前さんが治療するのか、宗三、」
 ふたりの後ろをついて歩いてきていた薬研藤四郎が宗三左文字に声をかけた。
 宗三左文字は当然のように頷く。
 宗三左文字は一度、脇差の毒に中って女性化したことがあり、そのときは薬研藤四郎の助言を得て、歌仙兼定が宗三左文字の身に治療を施したのだった。
「勿論です。重ねて言いますが他言無用に願いますよ、薬研藤四郎。僕もそうでしたが、こんな姿になったなどと城の皆に知られるのは、恥辱以外の何物でもありませんからね」
 宗三左文字が話しているうちに、前方から高らかな足音が聞こえた。
「いたいた居やがった! 探したぞ、之定ァ!」
 声を放ったのは和泉守兼定だった。
 肩に木刀を担ぎ、長い黒髪を振り乱してこちらへ駆け寄ってくる。
 その後ろを、やや心配そうな顔つきで脇差の堀川国広が追ってきていた。
「勝手に出陣しやがって! 帰城するのを待ってたぜ! てめぇ今日は俺と手合せ当番の日だろーが!」
「…………う」
 歌仙兼定の喉からくぐもった声が漏れた。
 その顔にさすがに不安が浮かんでいるのを認めて、宗三左文字はさりげなく二人の兼定の間に立ちはだかるようにして和泉守兼定を迎える。
 走り寄ってきた和泉守兼定は、帰還者たちの緊張には全く頓着せずに三人の前に仁王立ちに立ち塞がり、木刀の先を歌仙兼定に向けてきた。
「之定、てめぇ! こないだの手合せんときに甲冑武者同士の組み打ちだとか言って散々に卑怯な手を使ってくれたな! お返しだ! 幕末の道場破りで鍛えた喧嘩殺法を教えてやる! 今すぐ修練場に来い!」
「……………和泉守兼定」
 歌仙兼定がすぐには返事もできぬうちに、手前に立った宗三左文字が高雅な声で応じた。
「今日は歌仙兼定の体調がすぐれないのです。手合せは後日に替えていただけませんか」
「ンな言い訳が効くか! 『戦場で敵が手加減してくれるとでも思うのかね』とか笑って言いやがったのは之定だぞ!」
「兼さん、」
 怒気を抑えることなく宗三左文字に言い返す和泉守兼定の背に、主家の徳川佩刀に対しあまりに無礼と危惧したか、堀川国広が嗜めるように声をかけた。無論そんなことで止まる和泉守兼定ではない。
 女性の肉体であることが暴かれるのを恐れて、返答も反応もできない歌仙兼定に焦れたのか、和泉守兼定が宗三左文字を押しのけるようにしてかれを捕えようとする。
「どけよ、宗の字、邪魔だぜ」
「……和泉守兼定」
 歌仙兼定を庇うように改めて和泉守兼定の前に立ち塞がり、宗三左文字は冷えた声を飛ばした。
「僕は後日にしてくださいと言ったのですよ。聞こえませんでしたか?」
 身を竦めている歌仙兼定を睨めつけていた和泉守兼定の青い目が、そこで初めて宗三左文字に向けられた。
「うるせえ下がってろ、用があるのは之定だけだ。俺は気が立ってんだ、てめぇがどかねえと、その細っこい腕がへし折れるぜ」
 横暴そのものの和泉守兼定の言葉に、宗三左文字の色違いの目がすっと細められた。
「……でしたら折っていただきましょうか」
 木刀を握った和泉守兼定に向けて躊躇いもせず、宗三左文字は腰の刀の柄に手を懸ける。
「歌仙兼定には触れさせません。言ったでしょう。彼は具合が悪いのです。
 いくら僕が非力でも……あなたが僕の腕をへし折るまでに、あなたを無傷では済ませませんよ。僕のほうが太刀筋が速いですからね」
 燃え立つように舞い散る宗三左文字の淡紅色の髪と共に、珍しく怒りの気配が立ち上っていた。
「……マジで言ってんのか」
 宗三左文字が本気だと悟って和泉守兼定が宗三左文字を睨み返す。
 宗三左文字は全く表情を変えず、傲岸なまでの強情さで更に言い募った。
「一度放った言葉は消せません。武士の口約束なら尚のこと。和泉守兼定。あなたは、会津松平ひいては徳川幕府に最期まで尽くした新撰組土方歳三の佩刀でありながら、徳川蔵刀たるこの宗三左文字の言葉を疑うのですか」
「……………う」
 かつての主の身分差を指摘されて和泉守兼定がさすがに鼻白む。
 魔王信長、豊臣、徳川と数百年間為政者の所蔵刀であった宗三左文字の声には、権威に馴染んだ者特有の威信が込められていた。
 もっとも宗三左文字が、そのような声を発することは今まで殆どなかった。恋人である歌仙兼定ですら、このとき初めて聞く声音だった。
「下がりなさい、和泉守兼定。あなたの昔の主にあなたが敬意を持つのなら、僕の言葉も聞き分けられるでしょう」
「………………」
 土方の名を出されてはそれ以上押せず、和泉守兼定は無言で道を開けた。
 宗三左文字は高雅且つ横柄に頷いて見せ、足を踏み出す。
 文字通り、支配者の顔だった。
「行きましょう、歌仙兼定。薬研藤四郎」
 和泉守兼定と堀川国広の前を、宗三左文字は昂然と面を上げて、歌仙兼定は俯きがちに、薬研藤四郎はやや面白そうに幕末の土方佩刀達を眺めながら歩き去っていく。
「………いつも怒んねー奴が怒るとやべえな」
 声が聞こえぬほど距離が開いた頃、和泉守兼定がぽつりと呟いた。
「兼さん、たじたじだったね」
 背後から堀川国広に冷静にそう囁かれて、和泉守兼定は後ろを振り向き、頬を紅潮させて声を上げた。
「しょーがねーだろ!? 幕末の頃の話なんか持ち出しやがって! 今まで宗の字がそんなこと俺らに言ったこともねーのによ!」
「宗三さん、いつも誰に対しても丁重で、将軍家蔵刀の居丈高さなんておくびにも出さなかったもんね。ああいう怒り方をするってことは、よっぽど歌仙さんが大事なんだねぇ」
「副隊長の名前なんか出しやがって。ちくしょう、気が削がれた」
 和泉守兼定は言い捨てて、くるりと身を翻す。
 修練場に戻る和泉守兼定の後ろをついて歩きながら、堀川国広は怪訝な顔をしていた。
「それにしても歌仙さん、反応鈍かったね。普段だったら、宗三さんが喋り出すより早く怒って斬りかかってくるくらいなのに。具合が悪いって言ってたけど……いつもより背が縮んで、肩も小さくなってません?」
「知るかよ。てめーで捌いた魚にでも中ったんだろ。ったくよォ……フグ毒にでも中って痺れてやがりゃあいーんだよ!」
 和泉守兼定は大柄な体から怒りを発散させながら、大股に歩いて去って行った。
 自分で放った「毒」という言葉が半分だけ当たっていたことには、最後まで気づかぬままだった。

「……あの二人、いなくなったぜ」
 和泉守兼定と堀川国広の姿が見えなくなったことを確認して、最後尾の薬研藤四郎がそう言ってきた。
 宗三左文字は速足だった歩調を緩め、体の緊張を解くように深く息を吐いた。
「……良かったです。徳川の権威を笠に着るのは厭なものですし、怒るのもくたびれるものですね」
 安堵がそのまま溜息に変じた宗三左文字の後ろで、女性の体のままの歌仙兼定がぶつぶつと独り言を言っている。
「僕や宗三左文字どのによくも無礼な真似を。体が戻ったら只じゃおかんぞ。無風流な礼儀知らずの末裔(すえ)の兼定め」
 相変わらず外套を胸元で握りしめながら、二藍色の髪を逆立て、歌仙兼定はふつふつと怒りを煮えたぎらせていた。
「……歌仙兼定」
 振り向いた宗三左文字が呆れたように諭した。
「今日あんな目に遭うのは、和泉守兼定に対するあなたの日ごろの行いの報いなのですよ。ほかの刀剣男士に対しては礼を尽くすのに、あなたは、彼に対しては随分意地悪く当たっているようですね」
 歌仙兼定が宗三左文字を見上げて傷ついたような顔をした。
「酷いことを言うね。過去の手合せでの一件は……、幕末刀の奴に、戦国の頃の戦場での戦い方を伝授しただけなんだよ。時間遡行先で戦国時代の敵に遭わぬとも限らないし。それを向こうが、勝手に逆恨みしてきているんだ」
 言いながら歌仙兼定の緑の目はかすかに泳いでいる。
「……あなただって、(こしらえ)から言ってそれほど戦場向きと言うわけでもないでしょう、歌仙兼定。()(なかご)の打刀の中でも、鎌倉期に作られた鳴狐のような腰刀ならばともかくも………あなたの名を冠した『歌仙(かせん)(ごしらえ)』は、居抜き用の室内向けの誂えだと聞きましたよ」
 怒るでもなく理路整然と反論されて、歌仙兼定は居心地が悪そうに目を逸らす。
「……いや、しかし、幕末の、戦国の作法も知らないような連中に対しては、少し教養と言うものを教えてやらないと……」
 宗三左文字は納得しなかった。
「僕に対して言い訳はなさらなくてけっこう。僕にも弟がいますから、あなたの気持ちはわかります。あなたは歳の離れた弟ができたような気になって、和泉守兼定にちょっかいをかけているんです。彼の負けん気が愛おしくて、彼をつつくのが愉しいのでしょう」
「…………僕の心の中を、勝手に見透さないでくれたまえ」
 図星を突いてきた宗三左文字から完全に目を逸らして、歌仙兼定はぼそぼそと返答した。
「……ともかく、早く居室に戻ってしまいましょう。これ以上人目に触れないように」
 話を切り上げて、宗三左文字が言う。
「宗三。通り道だし、少し俺っちの部屋に寄っていきな」
 薬研藤四郎が声をかける。
 歌仙兼定を連れて急ぎ居室に戻りたい宗三左文字は眉をひそめて薬研藤四郎を見下ろした。
「何故ですか」
「之定の旦那の治療をするのはいいが。お前さん、女との交わり方なんざ知らなかろう。……いきなりで之定の旦那の気を遣らせるのはかなり骨だと思うぜ。役に立ちそうなものを幾つかくれてやる」
 三人は足早に、宗三左文字の居室がある棟へと向かった。


「………………」
 宗三左文字の屋敷で居心地悪げに客座に座している歌仙兼定を脇に置いて、主座の宗三左文字は、薬研藤四郎から渡された春画の冊子を興味深げに捲っている。
「なるほど……これは………、ほほう、……そうですか……、」
 男女の情交の絵や端書を読みながら時折感心したように声を上げる宗三左文字を、歌仙兼定は不安そのものの面持ちで眺めていた。
 宗三左文字が童貞なのはこの場にいる二人ともがよく承知していた。
 脇差の毒によって女の体になってしまった刀剣男士は、その女性の体に別の刀剣男士によって、快楽を与えられたうえで膣内射精を為されなければもとの体には戻れない。つい先日、歌仙兼定と同じように女性になってしまった宗三左文字は、実際に、男女の体での歌仙兼定との情交を経て元の姿に戻っていた。
「宗三左文字どの………、」
 胸や尻にばかりか、太腿にすら柔肉がついて正座もしづらそうな歌仙兼定が、ついに声を上げた。
「きみは僕に抱かれた経験しかないし、きみには僕の治療は難しいんじゃないか。僕も、きみに抱かれるのは正直抵抗があるんだ。僕の治療には、誰かほかに相応しい者を探したほうが………」
「歌仙兼定」
 宗三左文字が冊子をぱたりと閉じて、やや怒ったような顔で恋人を見つめてきた。
「あなたは僕の体が女になったとき、薬研藤四郎に触診すらろくにさせなかったではないですか。それなのに、今は、僕という恋人がありながら、僕以外の刀剣男士に身を任せると仰るのですか?」
 刀剣男士に身を任せる、と言われて、歌仙兼定の体が動揺したように揺らいだ。
「僕だって、あなたの体を誰にも触れさせたくはありませんよ。薬研藤四郎や和泉守兼定などには。彼らがあなたに触れないように守って差し上げたのは、他ならぬ僕でしょうに」
「……………そう…か………。そう……だよね…………」
 淡紅色の髪を振り立てるように宗三左文字に言い募られて、歌仙兼定は己に言い聞かせるように呟いて顔を俯ける。
「………その……頭ではわかっているんだが、感情が追いつかない、というか………。ほ、本当にするのかい………? きみが、僕に……」
「歌仙兼定……」
 宗三左文字の瞳に、労わるような色が浮かぶ。
 宗三左文字は座したまま歌仙兼定に体の正面を向けて、小さく丸くなったその肩に手を置いた。
「不安なのですね……わかります。僕もそうでしたから……。大丈夫、助けて差し上げますから、心を平らかになさってください。まずは緊張を解いて。あなたは僕の面倒を見てくださいますし、人の世話も得意ですけれど、ご自分が世話をされる立場に回って人を頼るのは少し苦手のようですから」
「苦手と言うか、慣れないんだよ……人の世話をしているほうがずっと気楽だよ」
 歌仙兼定の声が泣きごとのように響く。
「歌仙兼定」
 宗三左文字の細く長い腕が、筋肉と骨格をいつもより一回り小さくさせた女の身の歌仙兼定の体に巻きついた。
「…は………、」
 抱き寄せられ、宗三左文字の僧衣に鼻を埋める形になって、歌仙兼定が息を漏らす。
「あなたの体は随分柔らかくなりましたね。抱き心地が良いです」
 歌仙兼定の背を撫でさすりながら宗三左文字が言った。
「………宗三どの……」
「ええ」
 歌仙兼定からおずおずと、頼るように名を呼ばれて、宗三左文字は満足したように声を返した。
 己の体の変質を思い知りたくなくて、室内なのに外套さえ着込んだままの歌仙兼定の衣服に、宗三左文字はそっと手をかけた。




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