<其乃二>

 伝統を尊ぶ近侍の歌仙兼定が「雅じゃない」と不平を言うので、主の時代の現代的な科学道具、いわゆる「電気」を用いた「家電」は、刀剣男士の目につく場所から巧妙に隠されている。燭台切光忠が豚肉を運び入れた先はそうしたものの一つで、主はそれを「冷蔵室」と呼んでいた。台所を管轄する燭台切光忠には、主の時代の科学力を否定する理由は無論無い。肉を大量に購入して大量に保存できるのはいいことだ。ただ、歌仙兼定ほどでは無いにせよ「それらしい格好良さ」にこだわりがある燭台切光忠としては、家電の便利さと同じほどに、古風な印象の台所の景観が守られることにも満足していた。
 豚肉を全て冷蔵室にしまい終えて燭台切光忠が台所に戻ってくる頃には、一期一振は握り飯を食べ終えて、冷えた茶を湯飲みについで飲んでいた。握り飯を食べる為だろう、一期一振は珍しく素手で、彼がいつもはめている白手袋は、腰の脇に綺麗に重ねて置かれていた。握り飯と茶、という庶民的な夜食の故に、その所作も庶民的になって然るべきだが、一期一振の動きは、燭台切光忠には女性的にすら見えるほど柔らかで品がよい。実用性一辺倒の台所では、一期一振の優美で豪奢な存在感は不自然なほどに浮いて見えた。掃き溜めに鶴ってこういうことを言うんだな、と、燭台切光忠は妙に納得する。
 一期一振を見つめる燭台切光忠の橙色の隻眼に、紙燭の火のようなゆらめきが灯った。
 一期一振に向けて、燭台切光忠は、「きみを好きだ」と告白したことはある。「自分もそうだ」という答えをそのとき一期一振からは貰ったが、一夜の幻の如く、彼を手に抱いた記憶ごと、今のふたりの間ではそれは無かったことにされていた。
 彼を抱いた感触を、燭台切光忠は未だよく覚えているというのに。
「一期くん。デザート、食べる?」
 気を取り直し、本来ならば明日の夕食の甘味となるはずだった果物を冷蔵室から持ち出して左手に掲げながら、燭台切光忠は敢えて明るく一期一振に問うた。
「里の農家からのいただきものなんだけど。ハウス栽培のイチゴだよ」
「…いちご……」
 己の名とよく似た物の名を言われて、一期一振が鸚鵡返しに呟いた。どんなものだか見当がついていないその様相に燭台切光忠は破顔する。
 考えるように首を傾げていた一期一振が、やがて思い出したように問う。
「……地を這うように茂る野草を指すのではありませなんだか。赤い実が毒でないとは聞き及びますが、人の舌に適う風味がありましたでしょうか」
 一期一振が言及しているのは主の時代で言う蛇苺のことだろう。日本古来の原生種だが実は小さくて味は無く、雑草としてならともかく食用としては認識されてこなかった植物だ。
「……あれのお仲間だけど、もっとずっと大きくて味のよい実がなるんだよ。オランダイチゴと呼ばれて蛇苺とは区別されてるね。……ハイカラな名前だろう?」
「おらんだ……」
「ほら」
 燭台切光忠が、一期一振の目の前に、一粒の苺の実を差し出してみせる。その鮮やかな赤と大きさに、一期一振は琥珀色の目を瞠った。
「これは……これが、あの野草の親戚なのでありますか」
「うん。品種改良は、主くんの時代にはお手の物だからねえ」
 燭台切光忠は笑いながら言って、苺を盛った平皿を手に、一期一振の隣に腰掛けた。
「………、」
 以前、体を合わせたときのことを思い出したか、燭台切光忠の脇で一期一振が顔を背け、身を硬くする。淡木賊色の髪の下でなめらかな頬が赤く染まっているのが、燭台切光忠の隻眼で見て取れた。睫毛を伏せた琥珀色の目は緊張で潤んでいる。どんなに優れた仏師も木から掘り出すことは不可能であろうと思わせる、一期一振の端正な横顔。おとがいに手を当てて、その稜線を首から下へとなぞりたいという欲求が心に強く湧き上がったが、燭台切光忠はかろうじてそれを押さえつけた。
 皆の前では決して外さない黒革の手袋を脱ぎ、火傷痕の残る手の甲を外気に晒す。それは以前一度だけ、一期一振に見せたことのある傷痕だった。燭台切光忠のその行動に気づいて、一期一振はやや怪訝な顔をする。
 燭台切光忠は構わず、一期一振の横に座って、素手で小柄を握り、苺の蔕を取り除いていった。燭台切光忠の大きな手が、見るからに柔そうな苺の果実を器用に摘まんで、緑色の蔕を切り離していく。
 一期一振は、燭台切光忠の無駄のない動きに魅せられていた。
 やがて皿の上の苺はすべて蔕を切り離され、赤い果実だけの姿になる。
「……食べるかい?」
 滅多に見せない、燭台切光忠の大きく骨張った男らしい手指が、大ぶりの苺の実を一期一振の前に差し出してきた。
 火傷痕よりも手にした苺よりも、燭台切光忠の素手が一期一振の心を落ち着かなくさせる。
「………、」
 食欲を誘う、甘みと酸味を感じる香りが、燭台切光忠の手にした赤い実から漂ってくる。
 赤黒い火傷の残った皮膚と、綺麗に整えられた大きな爪が、一期一振の目には著しい対照美を為す。粒立った苺の実肌のごとく、背筋が甘美に粟立った。
「……、みつ、どの、」
 一度は自ら封じた燭台切光忠への呼び名を、思わず一期一振は口にした。
 声が届いたのだろう。自分を見つめる橙色の一つだけの目が艶やかな光を弾く。
「……口。開いて」
 言葉少なに言いかけるその口調から、燭台切光忠もまた、一期一振と似たような緊張の中にあることが知れた。
「……、」
 形よい一期一振の唇が誘うように開かれた。
 その両唇の間に、燭台切光忠は苺の先端を差し入れる。
「っ、」
 少し驚いたように一期一振は目を瞠り、だがその整った白い歯は、燭台切光忠の望みに従って苺の実を囓り取った。
 一期一振の上品な歯形を残して、苺は燭台切光忠の手の中に半ばほどが収まっている。
 動揺してはいるものの口の中に果実が入っている所為で喋ることも躊躇われ、行儀の良い一期一振は口を閉じて黙ったまま、苺を咀嚼して飲み込む。
 それを、燭台切光忠は息を詰めて見守っていた。
 嚥下によって苺が一期一振の喉を滑り落ちていく。
 素手になったこの指で、その白い喉に触れたい。
 燭台切光忠の隻眼に、耐えるような灯が煌めいた。
「……、貴方に、手ずから食べさせていただくのは……、私への甘やかしが過ぎますまいか……?」
 口の中の苺の実を飲み込んで、ようやく一期一振はそう言い上げる。
 その頬は苺と同様に赤く染まっていた。
 燭台切光忠は笑みを深める。
「別にいいんじゃないかい? いつもきみは弟くんたちを甘やかしているし、たまにはきみを甘やかす者がいたって構わないだろう?」
 そう言った後、燭台切光忠は敢えて一期一振から視線を外し、彼の歯形を残した実の残りを己の口に放り込んだ。
「……、」
 脇でそれを見ていた一期一振が息を呑む。
 苺を介した接吻。そう、一期一振には捉えられたからだった。
 苺を咀嚼して飲み下してから、燭台切光忠は再度隻眼で一期一振を見、自分を見つめる秀麗な面がいっそう紅潮しているのを視認した。
 もう一つ苺を手に取りつつ燭台切光忠は微笑する。
「果物というのはね、枝についていた側よりも先端のほうが甘いんだよ」
 そう言いながら、再び、一期一振の前に果実の先端を差し出す。
 一期一振は琥珀色の目を潤ませて、ぼうっとした表情で燭台切光忠から苺に視線を移し、やがて、従順に、苺を再び半ばほどまで口で囓る。
 燭台切光忠の手はもはや一期一振が嚥下するのを待たず、視線を一期一振から逸らすこともせずに、手に残った苺の残りを己の口に入れた。
 苺を咀嚼し飲み下して見せながら、燭台切光忠の視線が誘惑するように、一期一振の視線に絡んでくる。
 一期一振には抗いようのない力が、燭台切光忠から発せられているようだった。
「…………光殿」
 無自覚な様子で、一期一振から親密だったときの呼び名で呼ばれて、燭台切光忠の心がふわりと浮く。
「私も……、その、苺の実の、甘くないほうの側を食べてみたいのですが」
 一期一振にそう言われて、燭台切光忠の隻眼が一度だけ瞬きをする。
「…………………いいよ」
 吐息のような囁きで、燭台切光忠が返事をした。
 互いの心に期待と緊張が生まれる。燭台切光忠は手を延べて苺の山から真っ赤な果実を一つ選び、先端のほうを自らの歯で囓り取った。
 その様を、一期一振が瞬きもせずに見つめている。燭台切光忠のほうも隻眼を一期一振から一切逸らすことなく、手に残った苺を一期一振の口元へ運んでやる。
 一期一振の赤い唇が開いた。燭台切光忠の歯形がついた果実が、燭台切光忠自身の手指によって、一期一振の両唇の中に優しく押し込まれる。
「ふ……、」
 苺を掠めて、一期一振の喉から微かな声が漏れた気がした。
 燭台切光忠の手は一期一振からすぐには離れず、その艶やかな唇に、大きな指先が微かに当たった。
 偶然を装った接触だと、どちらも理解していた。一期一振は驚いたり怯えたりはしなかった。
 果実とは違う触感を与えられた唇がむしろ、それを享受しようというように動いた。果実から出た水分が絡まって、一期一振の形の良い唇が光を弾いている。その両唇がそっと上下して、燭台切光忠の指先をあえかに食んだ。
「…………、」
 一期一振の頭上で、燭台切光忠が息を呑んだ気配がした。
 敏感な唇に触れた燭台切光忠の、大きくも優しい指。その熱と触感を失いたくなくて、一期一振の唇は完全には閉じぬままになった。緩められた両唇の端に、じわりと、苺の果汁が混じった唾液が口内から溢れて溜まってくる。
 それが一期一振の顎に滴るより早く、燭台切光忠が己の指先に一期一振の唾液を掬い上げた。
 唾液の絡んだ指は一期一振の顔から離れ、燭台切光忠自身の口元に寄せられる。男らしい唇が割られて舌が伸ばされ、指先の液体を燭台切光忠の舌先が舐め取る。
「…………………」
 それら一連の動作の間中、ずっと。
 一期一振と燭台切光忠は黙したままで、お互いの顔から目を離さなかった。
 燭台切光忠は、一期一振の唾液がついた己の指を、付いた果汁でも舐め取るように自らの唇の中に差し入れて舌を這わせる。息を詰めてその様子を見ていた一期一振は、自分が燭台切光忠の舌で舐られているような心地になった。
 一期一振の背筋を、そわそわと愉楽に似たものが這う。
 あの指でも唇でも舌でもいい。
 自分の肌に彼が触れてくれたら、自分はもっと心地よくなれるだろうに。
 橙色の隻眼が自分を見つめている。
 一期一振の欲望さえ見透かしたような、貫くような視線。それは鋭さではなく熱を帯びていて、一期一振の身体を更に燃え上がらせた。
 一期一振を見下ろしていた燭台切光忠が、やがてその目を柔らかく細めて問うてきた。
「……………欲しい? ちぃちゃん……」
 その呼び名。
「……………、」
 彼を求めている心が通じた、という歓喜に近い昂奮。
 情欲を見抜かれ言い当てられてしまった、恐怖めいた緊張。
 ふたつの気持ちに支配されて一期一振は言葉も出せず、しかし身体は無意識のままに、己の心に忠実に動いた。
 一期一振の首が、燭台切光忠の問いを受けてこくりと前に傾けられる。
 くす、と燭台切光忠の口が笑う形を取って、その手は、もう一度、苺の山に伸ばされる。
 先程と同様、一期一振から目を離さぬまま、燭台切光忠が苺の先端を口中に囓り取る。手に残ったほうは平皿の上に戻され、その上で、空手になった燭台切光忠の両手が、一期一振の側に伸ばされた。
「あ……、」
 燭台切光忠の右手が項に触れ、左手は脇から背中へと回される。引き寄せられるより先に一期一振のほうでも燭台切光忠に向けて体と頭を寄せ、ゆっくりと、苺の果汁を絡ませた二つの唇が触れ合った。
「ん……、」
 唇どうしの触感に、一期一振は思わず目を半眼に閉じた。
 鼻からは燭台切光忠の香混じりの体臭が、唇からは苺の香気が一期一振の体内に侵入する。燭台切光忠の手と唇で触れられて、既に一期一振の体はまるで酔ったように力が入らなくなっていた。燭台切光忠に先程指で触れられたときよりも、一期一振の両唇は広く開き、歯の間から舌が伸びてきて、ねだるように燭台切光忠の硬い唇に触れた。自ら舌で触れてくる一期一振の積極性を悦ぶように、燭台切光忠は至近で隻眼を細め、すぐに彼も唇を開く。
 一期一振の舌の上に、期待した燭台切光忠の舌ではなくて、彼の口中にあった苺の欠片が押しつけれらてきた。違う、と気づくと同時に燭台切光忠の舌は更に積極性を帯びて、苺の果実ごと一期一振の舌に絡んでくる。すぐに、二枚の舌で果実を押し潰し撹拌するかのように、舌に舌が強く押し当てられてきた。
「ン……ぁ、ふぁ……、」
 果実よりは燭台切光忠の舌のほうが、一期一振の心を強く揺るがせた。
 苺は果実としての形を失い、燭台切光忠の熱がすっかり移っていて生温かった。それでいて甘みと酸味だけは存分に残しており、それが一期一振の味覚を刺激した。
 二枚の舌で果実を挟んで揉み合っている間に、果実より果汁や唾液のほうが舌に強く絡み始め、やがて、口と口の隙間から液体が漏れそうになる。
「ンむ、」
 燭台切光忠の大きな手が一期一振の項を優しく、だが強く捕らえて引き寄せ、唇を唇全体で覆って、一期一振の唾液ごと口中の液体を啜り上げる。燭台切光忠の唇は一期一振の両唇を食み、舌は変わらずに一期一振の舌を甘く嬲りながら、果汁と唾液だけが燭台切光忠の口中に吸われていった。
「んんっ…ふぅ……、」
 口の中に苺の果実は残っていたが、一期一振は正直、苺などどうでもよくなっていた。燭台切光忠を刺激するように、舌に果実を抱えたまま先端を伸ばして、彼の歯をなぞる。
「ッふ……、」
 燭台切光忠の喉から呻きにならぬ声が漏れて、一期一振の口中に熱となって吹き込んできた。
 燭台切光忠の歯の奥へと舌を伸ばすと、歯列が少し閉じて、一期一振の舌を彼の歯が一度だけ、甘く噛んだ。
「ンっ」
 舐られるのとは違う触感に、今度は一期一振が声を漏らす。
 己の歯で押さえたまま、燭台切光忠が一期一振の舌を吸い上げてきた。
「ふぅンッ…、ん、」
 痺れたように力を失った一期一振の舌先を、燭台切光忠の舌が優しく迎えてくれる。
 燭台切光忠の歯列は開かれて、一期一振の舌を口中奥深くへと招き入れた。
「ンぁ……ふ、ンふ…」
 二人分の唾液と果汁が混ざった液体を、柔らかくなった果実と共に、二つの舌で、燭台切光忠の口中でこねくり合う。
 粟田口の制服越しに、燭台切光忠の体熱を感じる。相手に身を寄せたまま力の抜けてしまった一期一振の頭と上半身を、燭台切光忠が大きな手と腕の中に抱き込んで、しっかりと支えていてくれた。
 護られているような、その安心感。女身だったときに彼に頼っていた記憶が呼び起こされ、一期一振の心は依存を強めて、まるで己がなくなったように燭台切光忠に酔っていた。
 最後に燭台切光忠はもう一度、奥深くまで入り込んでいた一期一振の舌の根を歯で甘く噛んで、苺を己の口に残したまま、そっと一期一振の舌を口中から押し出した。
「ふぅあっ、は……、」
 接吻していた口の形のまま唇を開いて、空気を求めて息を喘がせている一期一振を隻眼で凝視しながら、燭台切光忠は、形も味も失われた苺の果実を喉奥に飲み込む。
「ふ……、結局、苺は僕が食べちゃったね……『欲しい』とちいちゃんに言われたのに、」
「………、」
 燭台切光忠に微笑まれた一期一振は二度ほど熱い息を吐いて、
「欲しいのは…、苺ではありませなんだので……」
 此処まで及んでおきながら、欲求を忠実に口にするのは気が引けて、羞恥に頬を染めながら囁き、察して欲しいと言うように燭台切光忠の服の端を手で掴んだ。
 燭台切光忠の両の素手が、淡木賊色の髪ごと一期一振の頬を挟み込む。
「……じゃあ…、何が欲しかったんだい? ちぃちゃんは……」
 燭台切光忠もやや息が上がっている、と一期一振は気がついた。
 橙色の隻眼が鬼灯の実のように光を弾き、いつもは白い頬も、今は心持ち赤い。
 自分を求める欲が着実に相手の中に存在していると知って、一期一振の総身が、喜悦に似たもので粟立った。
「……私が何を欲しがっているかは……、言わずとも、光殿には、おわかりの筈でありましょう……?」
 しかしどうしても自分で言うのは恥ずかしく、逃げるように一期一振がそう答えると、
「そうかもね。でも、ちぃちゃんの口から直接聞きたいんだ。ちぃちゃんの声で」
 あくまでも優しい口調で、燭台切光忠に逃げ場を奪われてしまった。
 己の吐く、震える息は熱い。
 燭台切光忠に頬を捕らえられて面を彼に正対するよう上向かせられ、燭台切光忠がまっすぐに自分を見つめてくる。言葉だけでなく視線からさえ、一期一振は逃げられなかった。
 どうしても言わねばならぬのだろう。
 羞恥と逡巡が強すぎて、目を閉じるか開くかを迷った挙げ句、結局は。
 琥珀色の両目を開いて燭台切光忠の隻眼を覗き込むように見上げながら、一期一振は正直に告白した。
「……貴男の、接吻が欲しいです。…光殿………」
 人形のように整った顔の一期一振が、淡木賊色の髪の下で頬を赤く染め、琥珀色の目を潤ませながら、燭台切光忠に向けて、口づけが欲しいとねだってきた。自分の、火傷痕の付いた大きな手に小さな頭を挟まれて。赤く濡れた形良い唇とその裡に隠された舌を、既にたっぷりと舐らせたその後で。
 情欲めいた熱のこもる視線で、燭台切光忠を見つめながら。
 心を縁まで満たされて、燭台切光忠は微笑んだ。
 幸福そうなその微笑を、一期一振が陶然と見上げている。
「期待には、応えないとね」
 囁くような低い声。
 燭台切光忠の唇が降りてきて、一期一振の唇をそっとついばんだ。
 もっと、と望むように一期一振が口を開くのに、燭台切光忠の接吻はすぐに切り上げられてしまう。
 少しだけ顔を離して、燭台切光忠が一期一振の顔を覗き込んだ。
「僕もね。きみのキスが欲しいよ、ちぃちゃん」
「……、みつ、どの、」
 一期一振の吐く息が、歓喜に打ち震えた。
 求められることは変わらずとも、言葉で言われぬのと言ってもらうのとでは悦びの量が違うのだ、と。
 一期一振はこのとき初めて学んだ。
 燭台切光忠が再び首を落とすより早く、一期一振のほうから彼に向けて顔を寄せた。顔だけでなく両腕も、胸も彼の体に押しつけて、その広い肩を腕に抱き、自ら深い接吻を燭台切光忠に仕掛ける。
「ン、ん…、ぅ…、ふぁっ」
 誰の口中でとも知らず、夢中で舌を絡ませ合い、唾液を啜り合う。
 身を寄せる為に互いに立ち上がり、服越しに全身で触れ合って抱き締め合いながら、一期一振と燭台切光忠は長いこと接吻を交わした。
 齧りかけの苺とそれが乗った平皿は、二人から完全に忘れ去られて、二人が腰かけていた小上がりの上に置かれていた。




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