君を別れし時にぞ

 

2017/06/29
歌仙兼定×宗三左文字
全2話
梅雨・義元命日(旧暦5月18日)


 ほととぎすけさ鳴く声におどろけば君を別れし時にぞありける 紀貫之
(夏の鳥、時鳥が朝早く鳴く声にはっと目を覚まして、そして、
あなたを亡くしたのと同じ季節だ、と気がついたことです)
    



  <其乃一>


 梅雨入りとて陽光は一日中どんよりと鈍く、夏至近いはずの夕刻だが早くも周囲は薄暮の時を迎えていた。
 主の命で軽い戦さから帰城した歌仙兼定は、本丸で報告を済ませてすぐに退がり、恋人の元を訪れた。
 屋敷の奥へ続く渡り廊下を巡るうちに、泥墨のような雲から雨が滴り始める。
 宗三左文字の居室は夕闇の中に人の気配無く、ひっそりと静まりかえっていた。
 もしや不在か、と思う間に、居室から続く縁の軒先近くに、見慣れた紅梅色の袈裟が見えた。
 控えめな立ち居振る舞いから来る存在感の薄さそのままに。
 庭を眺める格好で端正に縁に座し、こちらに背を向けた宗三左文字の姿が、雨と薄闇の中に今にも溶け去ってしまいそうな危うさで歌仙兼定の目に映った。
「……宗三左文字どの」
 声を掛けると、ゆっくりと、恋人が振り向いた。
 整った貌に宿る表情は冴えず、心持ち顔色も青白い。
「……歌仙兼定」
 物憂げな表情を崩さず、それでも宗三左文字が、恋人を迎える為に体を此方に向け直す。
「具合が悪そうだね」
 歌仙兼定にそう評されて、黒と紛う深い色の両目で茫洋と歌仙兼定を見つめながら、宗三左文字は首を傾げた。
「……具合……ですか……?」
 一日のうち長い時間を共に過ごすようになってから、宗三左文字について、歌仙兼定は気がついたことがある。
 刀から、長い歳月を経て、今は人の姿となった刀剣男士。そのことについては同じでも。
 和歌や茶、武器の目利きなど、人間の趣味の多くの事々を生まれながらに理解している歌仙兼定とは違って、宗三左文字は、人の体や心、世俗の事どもなどに、極端に疎い刀剣男士だった。
 人間としての暮らしについて、各々の刀剣男士でかなりの個人差があるということは、歌仙兼定も知っている。
 近頃よく新参する薙刀や槍たちは、そもそも屋内に住まうことに不慣れで、有り余る膂力の抑制が効かず、普通にしているだけで戸板を踏み抜いたり器を壊したりしていると主付きの短刀の子から聞いた。
「顔色が悪いよ、宗三左文字どの。体がだるいとか、どこか辛いとか、自覚はないかい?」
 宗三左文字の座る縁に歩み寄りながら、歌仙兼定は問うた。
 かなり掘り下げた質問をしないと、宗三左文字は己の身体の状態について認識が出来ない。
「……いいえ……」
 覚束なげに宗三左文字はそう答えたが、なにか心当たりがあるのか、その額が暗く陰った。
「雨が近いと体の血の巡りがおかしくなって、頭が痛くなったりすることもあるよ。もう日も暮れるし、そこは少し端近に過ぎるかな。座敷の奥に入ったほうがいい」
 宗三左文字の手を取り、歌仙兼定は恋人を居室の主座に導いて座らせた。
 空気はそう冷たい時期でもないのに、宗三左文字の手は随分と冷えていた。
「指先が冷たいね」
 そう指摘して、己の温かな手で宗三左文字の華奢な手先を包み込む。
「……あなたの体温が高いのですよ」
 嫌味な風情ではなく、宗三左文字が生真面目にそう返してきた。
 宗三左文字にとっては無論そういうことになるだろう。食の細い宗三左文字は、陽の気の強い歌仙兼定と比べて常に体温は低めではあった。
 宗三左文字の指先を温めながら、歌仙兼定はしげしげと恋人を観察する。豪奢に舞い散る淡紅色の髪に隠れて、その細い面の目の下に、うっすらと隈ができているのを歌仙兼定は見咎めた。
「……きちんと眠れているかい?」
 その問いに、宗三左文字ははっとしたように顔を上げた。
 ここ数日、歌仙兼定は夜間の遠征や出陣に忙しく、宗三左文字のもとで過ごせていなかった。文などのやり取りを通じ、迂遠な交情を風流として尊ぶ歌仙兼定の趣向もあって、そもそも歌仙兼定が夜、宗三左文字の屋敷に留まるのは数日おきだ。近頃はそれにしても、日々のことにかまけて、宗三左文字の様子をきちんと見ることが出来ていなかった、と歌仙兼定は自省した。
「食事もそうだが。睡眠も適度に取らないと、人の身に力が湧いてこなくなるんだ。このところ、きみは出陣も遠征もなかったね。……でも眠り足りないと、いざという時、戦場でひどく支障が出てしまうよ」
「………………、」
 宗三左文字は俯いて息を吐いた。
 主の役に立てなくなる、という歌仙兼定の指摘が、宗三左文字の胸を突いたようだった。
「……宗三左文字どの」
 それでも黙っている宗三左文字を、歌仙兼定は促す。
 宗三左文字はのろのろと釈明を始めた。
「近頃は……、夜が、短くて……。座しているといつのまにか、夜が明け初めてしまうこともあって……、」
「それは夜更かしが過ぎるな」
 そんな遅くにまで宗三左文字が床に就かずにいたとは知らなかった歌仙兼定は、つい語調を鋭くしてしまった。
「……、あの……、」
 叱責と感じたか、身を硬くし、頬を紅潮させて宗三左文字が言い淀む。
「……いや、きみを責めるつもりは無いんだ、宗三左文字どの。……ただ、健康には良くない。いずれ心身に不調が出てしまうよ。いったい、どうしてそんなに長々と起きて、眠らずにいるんだい?」
 相変わらず宗三左文字の手指を握ったまま、歌仙兼定は尋ねた。
 宥めるように宗三左文字の肩を撫でると、その身が随分強ばっていることに歌仙兼定は気づく。
「……眠るのが、怖くて…………」
 ようやくぽつりと、そう宗三左文字が漏らした。
「怖い……? なぜ……?」
 一週間ほど前に宗三左文字のもとに泊まった夜は、そんな様子は無かった。
 宗三左文字に何かあったのだろうか、と歌仙兼定は思案を巡らす。
 心当たりは全くない。
 やがて、
「………目が……」
 何をどう表現したらいいかもわからぬ、という表情で宗三左文字が言いかける。
「目?」
 僧衣越しに宗三左文字の背を撫で、抱き寄せるようにしながら歌仙兼定は問い返した。
 宗三左文字は抗わず、痩身をそっと歌仙兼定の肩に寄せてくる。
「……眠っているはずなのに、目がものを見るのが……厭な心地になるのです」
 世慣れぬ宗三左文字の言葉は時折、謎かけのようにわかりにくい。歌仙兼定は暫く考えてようやく、脳内で知っている単語を拾い上げることに成功した。
「寝ている間に夢を見る……ということかな?」
「………夢………? ……ですか……?」
 聞き慣れぬ言葉だったらしく、宗三左文字が顔を上げて歌仙兼定を見つめてきた。
「知らない言葉だったかい?」
 歌仙兼定の問いかけに宗三左文字は頷く。
「人の心は生きている間は動いている。それは眠っている間も同じで、目を閉じて休んでいるように見えるがその実、目や耳がまるで見聞きしたように、心が像を結ぶこともあるんだ。現実や希望、不安といったものを心が体の裡に描き出すんだよ。実際に起きていることではなくて、はかない幻に過ぎないから、夢と呼ばれているのさ」
「……まぼろし…………そうなのでしょうか……」
 歌仙兼定の説明を受けても宗三左文字は得心がいかぬ様子で、考え込むように俯いた。
「あんなに……目の前で起きたかのような心地がするのに……?」
「夢の見方は人それぞれだからね。主の言うことには、馬や犬も夢を見るそうだよ。彼らは空想力が人ほど強くないから、文字通り現実に起きたことの記憶を眠りながら反芻するのだ、というが」
「あなたは……? 歌仙兼定…、あなたも、眠っている間に夢を見るのですか……?」
 色違いの両の目が歌仙兼定を見つめてきた。
「もちろん見るさ。きみの夢や、綺麗な花や歌などの、雅な夢を。……少しは厭な夢もね。僕の心の不安が想像で見せる夢だろうが」
 宗三左文字を気遣う緑の目に、わずかに暗い陰が落ちた。
「………………」
 淡紅色の睫毛を瞬かせて、宗三左文字はもの問いたげながらも無言で歌仙兼定を見ている。
 歌仙兼定は安心させるように微笑みながら尋ねた。
「宗三左文字どの。きみがどんな夢を見たか……僕に話せるかい?」
 歌仙兼定に促されても、宗三左文字はどう表現したらよいか思いつけぬようだ。
「わかり……ません……言葉のない夢なのです」
 俯いて、それ以上は喋ろうとしなかった。
 歌仙兼定は宗三左文字には気づかれぬように溜息を押し殺して、恋人の体を抱き直す。
「とにかく不安がるのはよくない。今夜は僕がきみの傍に泊まるよ」
「……いいんですか…………? 遠征から戻ったばかりなのに。あなたはお疲れでしょうに」
 歌仙兼定を見つめ返して、宗三左文字はそう言いはしたが、黒目がちの目から憂いは少し薄らいだ。
 宗三左文字の気遣いに、歌仙兼定は笑みを深める。
「きみの傍に居れば疲れなど吹き飛んでしまうから、気にすることはないさ。夜中僕が傍にいるとなれば、少しはきみも心強いだろう。本当は夢の中まででもきみを助けに行きたいところだが……さすがにそれは果たせないからね。とにかく夜更かしはいけないよ。疲れていても、悪夢は見やすくなるからね。きちんと眠らないと」
「……………ええ……」
 宗三左文字は歌仙兼定の言葉を素直に受け入れてこくりと頷いた。
 外は既に日が落ち、夜の中に雨音が響いている。
 森で時鳥が、一声だけ鳴いた。



 豪雨の中に中年の武将が立っている。
 濡れていて尚甲冑は綺羅綺羅しく、立ち姿は凛々しかった。体つきは武者様に大柄でがっちりしているが顔立ちは気品があり、目は公家のように涼しげで細い。ただの武人、と片付けるにはその雰囲気は高貴に過ぎ、戦場に立つのが場違いなほどの教養が滲み出ていた。
 だがその表情は強い不安を示し、伺うように陣幕の外を睨みつけている。
 御屋形様、と声を放とうとして、その声が自分の喉から出ないことに宗三左文字は気がついた。
 己の腕も。空手で、丸腰だ。
 あのひとを護らなくてはいけないのに。
 今川の陣形を崩して、すぐに織田勢がやってくる筈だ。
 せめてかれの元に駆け寄りたいのに、足も地に張り付いたようになって動かない。
 やがて側近の言上を受けて武将は頷き、輿をうち捨てて馬に跨がった。豪雨の所為か、人々の会話も宗三左文字の耳には届かぬ。御屋形様、早く、と宗三左文字は声は響かぬままに叫んだ。敵軍はすぐ傍まで迫ってきている。武将は側近と共に撤退を始めたが、如何ほども進まぬうちについに、勝ち気に逸った織田軍と遭遇した。
 雨は上がっていて、夏の強い陽光がかれを照らしていた。
 多勢に無勢、刈り取られるように側近たちは数を減らしていった。繰り出された槍を敵ごと斬り伏せて武将も応戦したが、織田軍の武者たちが餌に群がる蟻のようにかれ一人に取りついて襲い掛かり、刃を突き立て、やがてかれは藻掻くことも忘れたように動かなくなった。
「――――御屋形様!!」
 ここに及んでついに宗三左文字は自分の声を耳で聞いた。
 草履を脱ぎ捨てた素足でかれに走り寄り、己の手でかれの血と泥に汚れた体を揺さぶる。
「御屋形様、起きてください、御屋形様、」
 宗三左文字の手に揺すられるままに、魂を喪ったかれの身は重く鈍い。
 織田の者たちは宗三左文字には構わず、武将の首を切り落とし、遺骸から甲冑や刀剣、衣服までを剥ぎ取って持ち去っていく。
「御屋形様―――――義元様!!」
 絶叫して宗三左文字は、首のない半裸身の、かつての主の骸に縋りついた。
 涙が溢れ、喉から嗚咽が漏れる。
 そんな宗三左文字の体を、強引に義元から引き剥がす者があった。
 僧衣から伸びた白い腕を無造作に掴まれ、引き摺るように地に投げ出されて、そこで初めて、宗三左文字は己を捕らえた相手の顔を見る。
「これは善き刀を得たるなり」
 若く張りのある大音声。
 宗三左文字の手首を掴み、勝利の昂奮にぎらついた目で見下ろしているのは、他ならぬ魔王だった。
 放せ、と声を上げたつもりだったが、魔王には聞こえていないようだ。
「試し斬りせよ。磨り上げてこの太刀を打刀とし、我が腰に差す」
「……………………!!」
 涙に濡れた目を瞠り、宗三左文字は抗うように身を捩る。
 だが魔王から逃れることは出来なかった。
 絡め取られた宗三左文字の目に、己を磨り上げる炉の火が映った。鍛冶師が魔王の銘を入れようと、宗三左文字の左胸に小刀を突き出してくる。
 赤い血しぶきは己の体ではなく心から出るものだ。身を抉られる痛みは主を目前で喪った悲痛そのものだ。
 宗三左文字は喉を開いて叫んだが、助け手は現れず、喚く声さえ、自分以外には誰の耳に響くことも無かった。



「―――宗三……、……宗三左文字どの!!」
 歌仙兼定の声が不意に耳元で聞こえた。
 びく、と身を強ばらせて、宗三左文字は意識を引き戻された。
 自分が何処にいるかすぐにはわからず、二、三度瞬きをして、ようやく、恋人の姿を視認する。
「……か、かせんかねさだ、」
 ここは自分の寝室だ。
 脇で寝ていた歌仙兼定が自分に覆い被さり、宗三左文字の肩を抱え込むようにして、顔を覗き込んできていた。
「大丈夫かい。起こしてしまうとは思ったんだが、随分うなされていたから……」
 温かな手で心配そうに肩を撫でられ、体の半面で歌仙兼定の熱を感じる。
「……かせん……、」
「夢を見ていたんだよ……ただの夢だ。幻だよ」
 宥めるように、言い聞かせるように歌仙兼定が耳元で優しく囁く。
 先程の情景が今の現実ではないことをようやく半ばほどまで認識して、宗三左文字の心はしかし安心できずに却って恐怖心を募らせる。
「……義元公が………、」
 宗三左文字の呟きに、歌仙兼定は得心したように頷いた。
「刀剣時代の記憶を夢に見たんだね」
 宗三左文字が淡紅色の睫毛を瞬かせると、白い頬に涙が流れた。
「………………、僕は、義元公をお守り出来なくて……御最期を……、」
 歌仙兼定の緑の目が、痛ましげに宗三左文字を見下ろす。
「夢なんだよ。宗三左文字どの。現実ではないんだ……桶狭間の合戦時は僕たちは人の身ではなかったんだから。刀剣男士となった後で、今更のように、当時の記憶を人の心で反芻してしまうんだろう」
「………………、」
 そこまで言われてようやく、宗三左文字は己の見たものに得心し、恐慌が解けたようだった。
 次には悲嘆がやってきた。
 宗三左文字の秀麗な顔がくしゃくしゃと歪む。
「…………、かせん………、」
 憐憫を強めた歌仙兼定が両腕を恋人に向けて伸ばすと、白く長い腕が歌仙兼定の胴に回され、宗三左文字がしがみついてきた。
「宗三左文字どの」
 歌仙兼定は、宗三左文字の汗と涙で己の夜着が濡れるのも構わず、恋人の痩身を体に引き寄せて搔き抱く。
「……抱き締めてください、……もっと強く…、」
 泣きながら宗三左文字が懇願するのに応えて、歌仙兼定が宗三左文字を抱く腕に更に力を込めた。
 手の中におし込めて、こんなにも強く搔き抱き、宗三左文字の体温を全身で感じ取れるのに。
 宗三左文字の身はかげろうのように頼りなく実存感が薄く、今にも手を擦り抜けて消えてしまいそうなほど弱々しかった。
「宗三左文字どの……泣かないでくれ、僕が傍についているから」
 薄い背を撫で、あやすようにしながら、歌仙兼定は宗三左文字が落ち着くのをただ待つことしかできなかった。
 夜明けの近い庭から雨の音がする。
 やがて、
「……歌仙兼定………」
 歌仙兼定の胸の中で静かにしゃくり上げながら、宗三左文字がかすかな声を放つ。
「あなたは……、刀剣男士として、顕現せねばよかった…と……、思うことはありますか……?」
「無いよ」
 歌仙兼定は即答した。
 恋人を抱く手に、歌仙兼定はいっそうの力を込める。
 宗三左文字にそんなことを考えてはほしくない。
「もし顕現しなかったら……この城で、刀剣男士としてこの場にいなかったら。こうして、きみと出逢うことも、抱き合うこともできなくなる。そんなことは考えたことも無いよ」
「………………、」
 宗三左文字の前髪が歌仙兼定の顎をくすぐる。
 歌仙兼定の腕の中で、宗三左文字は息を吐き、少しだけ落ち着いたようだった。
「………………どうして…………、」
 歌仙兼定の胸に、宗三左文字が囁く。
「どうして、人の姿を得て、その身に心などを宿してしまったのでしょう……顕現さえしなければ……、義元公の御最期をあのように、思い出すことも無かったのに」
「宗三左文字どの」
 嗜めるように名を呼んでも、宗三左文字の心には響かない。
「……桶狭間で、刀のまま朽ちてしまっていれば……、辛い夢など見ずに済むのに………」
「そんなことを言わないでくれ。頼むから」
 宗三左文字の額に口づけ、その冷えた体を撫でさすりながら歌仙兼定は言った。
「僕まで辛くなる……きみのいない暮らしなど想像もできないし、堪えられないよ、宗三左文字どの」
「……………歌仙兼定………、」
 宗三左文字の悲嘆と無力感を、どうしたら彼の人生から消し去れるだろう。
 歌仙兼定は宗三左文字に幸福になってほしかった。
 宗三左文字の涙が収まるまで、歌仙兼定は腕の中に、恋人の身を護るように抱き込んでいた。
 庭では雨音が強く響いている。
 義元公が戦死した桶狭間合戦はちょうど今時期の季節、梅雨の始めごろだった、と、歌仙兼定は思い出していた。
「申し訳ありません、歌仙兼定……僕もあなたを好きですし、あなたには感謝しているのです……ここでの暮らしや、あなたとの交情を否定したいわけではないんです……」
「わかっているよ」
「…………ただ……」
 歌仙兼定の腕に抱かれ、愛情を感じていても尚。
 己の中に巣食う虚無を振り払う方法がわからずに、夜が明けるまで、宗三左文字は恋人に縋りついていた。





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