夢うつつとは世人さだめよ

 

2016/03/24
歌仙兼定×宗三左文字(初夜)
「夢にも人を見つる夜は」承前
全10話(※印は18禁)


 君や()し我や()きけむ思ほえず夢かうつつか寝てかさめてか  よみ人知らず
(あなたが私のもとに来たのか、私があなたのもとへ行ったのか、わからないのです。
夢だったのか現実だったのか、眠っていたのか起きていたのか) 
   返し
 かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは()(ひと)さだめよ  在原業平
(真っ暗な心の闇に閉ざされて私には何もわからなくなってしまった。
あの逢瀬が夢だったか現実だったかは、人々の噂でわかることだろう)
    



  <其乃一>


 近頃は部隊に組み込まれて出陣する頻度も低くなった。
 うららかなある日の午後。
 宗三左文字は自分の居室に座して庭を眺めている。
 打刀の中でも宗三左文字の能力は高くはなく、脇差連中とさほど実力は変わらない。部屋に長いこと籠もっていると己の前身を思い出して少し鬱屈が溜まるが、戦況が厳しくなりつつある現在は致し方のないことと、宗三左文字は主の采配について半ば諦めてもいた。
「ソウサモちゃんいるー?」
 渡り廊下から遠慮のない声と歩き方で、宗三左文字の部屋まで縁を歩いてくる者がある。
「………加州清光」
 やってきたのは、打刀の中では宗三左文字と並んで、近頃城で遊んでいることの増えた加州清光だった。
「よっ。暇そうだねー」
 屋内なのでさすがに外套と靴は脱いでいるが、綺羅綺羅しく衣装を着飾り爪に色を塗っているところなどは出陣時と変わらない。
「俺なんか暇すぎて足指の爪まで塗り終わっちゃった。そろそろおやつの時間だろ? ソウサモちゃんにタカろうと思ってさ」
 加州清光は口は悪いが裏表はなく、宗三左文字のようなつき合いに疎い刀剣男士にも気軽に寄ってくる人なつこさがあった。目下のところ、宗三左文字の部屋にまでやってくるような刀剣男士はこの加州清光と歌仙兼定程度に限られている。宗三左文字がほかの刀剣男士との間に隔てを置いているわけではないが、世俗に疎いせいか出陣に際しても、他の者とはあまり話がかみ合っていないことも多い、とは、宗三左文字はさすがに自覚していた。
「ソウサモちゃんとこ、お茶菓子うまいんだよねー」
「歌仙兼定が出入りの生菓子屋を紹介してくれましたからね。……僕が選ぶわけではないんですが、毎日良いものを置いていってくれていますよ」
 宗三左文字が鷹揚に微笑んでいる間に、加州清光は出された大福を三つも口に詰め込んでいる。
「お茶も歌仙の旦那が用意してんの?」
「茶器と、茶葉商人を手配してくれました」
「……最近ソウサモちゃんの部屋、やたら趣味がよくなったけど、これも……?」
「屏風や床の間の物品は歌仙兼定の選定です。……物を置かれると、蔵に押し込められたような気になると言ったのですが、心得ているからと押し通されてしまって。……四季折々の花は、そうは言っても慰めになりますね」
「いいなー羨ましい。俺も貢いでくれる旦那が欲しいよ。こんなに可愛くしてるんだからさ」
 赤く塗った手指の爪を宗三左文字の前でひらひらさせながら、加州清光は五つ目の大福にかぶりついた。
「ソウサモちゃんくらい出自がいいと違うよな。座ってるだけで物持ってきてくれる旦那がつくんだもんなー。俺なんか貧乏育ちだから、がんばって可愛くしてないといい男つかまえらんないんだよね」
 あけすけな加州清光の言葉の意味が、宗三左文字には殆ど理解できない。
「……加州清光は誰か男を捕まえたいんですか? 何の為に?」
「そりゃー色々あるだろー。あったかい布団で一緒に寝れるし、美味しい物食えるし、いい服作ったり買ったりしてもらえるし、気ぃ遣ってもらって、戦場でだって護ってもらえるだろ。俺やあんたみたいに、ちょっと華奢で綺麗どころだと、敵に捕まったらどんな目に遭うかわかんねーし。……俺もそれほど繊細って訳じゃないけど、敵の大太刀や槍の野郎あたりに狙われたらさすがに穴が持たねーよな」
「………穴……?」
 宗三左文字が優美に首を傾げる。
「敵がどこに穴を掘るのですか……?」
「俺たちの身体についてるだろ。穴。歌仙の旦那とデキてるならわかんだろーに」
「………? ……(なかご)についた目釘穴(めくぎあな)のことですか……?」
「いや、そうじゃなくて。あんたみたいに見るからに育ちが良かったり、俺みたいに普段からかわいくしてるタイプの男は、襲われて女の代わりにさせられるよってこと」
「……………? ……確かに、あなたや僕は打刀の中でも生存値が低いので、敵から集中して攻撃をされやすいとは思いますが………」
 加州清光の顔から笑顔が消える。いつもはだらだらと身体を揺らしている加州清光が身動きを止めて、赤い目を細めて宗三左文字を凝視した。
「ソウサモちゃんさあ……それマジで天然なの? それともカマトトってんの?」
「……は………? (かま)……? (とと)………? どういう意味ですか……?」
 困惑した表情で聞き返した宗三左文字を見て、さすがに加州清光も通じていないことを察したらしい。
「……ソウサモちゃん、まさか歌仙の旦那とカラダの関係ないの? …………マジでただ座ってるだけで歌仙の旦那にこんなに貢がれてんの……?」
 呆れたように加州清光が聞いてくる。非難の気配はないが、自分の有りようがあまりに加州清光の常識とかけ離れているらしいと知って、宗三左文字は頬が紅潮していくのを自覚する。
「……僕が、歌仙兼定に何かを欲しいと言ったことはないのですが……」
 そこまで言いかけて、宗三左文字は過去の出来事を思い出し、頬を赤く染めたまま急に黙り込んだ。宗三左文字の脳裡には、歌仙兼定に接吻をねだったいつぞやの夏の日が思い返されていた。接吻が加州清光の言う「身体の関係」に相当するのかどうか、宗三左文字にはわからない。
「……歌仙兼定からは、僕には触ってきません。……最近は」
 部屋にはやってくるし、宗三左文字の生活に何かと便宜を図ってくれもしているが、あの夏の夕方のように、接吻も含め、歌仙兼定が宗三左文字の身体に直接的に触れることはなくなっている。それはいつからか、と宗三左文字は思い返し、本丸で夜明けを共に眺めた朝から、歌仙兼定の態度は変わったということに思い至った。
 夜明け前、本丸にやってきた歌仙兼定の姿を認めたとき、彼が不機嫌であったことには気づいていた。歌仙兼定は機嫌が良いか悪いかはとりわけてわかりやすいほうだ。宗三左文字とひとことふたこと会話を交わし、その中で、彼の不機嫌はいつのまにか形を潜めたとそのときは認識していたのだが。
 あれから歌仙兼定は宗三左文字に触れなくなった。その代わり、宗三左文字の城での住まい方について口出しをし、あれこれと時節に応じて物品を揃えてくるようになった。宗三左文字にとって自分の生活は物があってもなくても困らないので、特に気にかけなくていいと言ったのだが、歌仙兼定は聞かなかった。歌仙兼定が寄越してくる物は、美観と機能を兼ね備えた上で宗三左文字の生活と心を確かに豊かにするものであり、徒然を慰めるには最適なものばかりで、歌仙兼定が文字通り宗三左文字の為に厳選したものだと覗えることもあり、宗三左文字は近頃は断ることもできなくなって、礼を言って素直に受け入れるようになっている。
 歌仙兼定は宗三左文字の居室から見える庭にまで手を入れていた。さほど広い庭ではないが、季節、天候、時刻ごとに表情を変えて見えるように精緻に構造が計算されていて、見ているだけで歌仙兼定の風流心を追いかけるような心地よさがあり、どれだけ眺めていても飽きることがない。宗三左文字は今では、常に庭を向いて座っているくらいだった。
「『最近は』ってことは、昔は触ってたのか。そんで、なのに穴はまだ開いてないってわけね。……やっぱ雲上人の感覚は違うなー」
 加州清光が、呆れを通り越してむしろ感心したように言ってくる。
「……そうなのでしょうか……?」
「いやー。遠すぎて、羨んだり妬んだりもできねーや。あんな、変態的に独占欲強そうな歌仙の旦那が未だにソウサモちゃんに手ぇ出してないっつーのも凄い話だよな。出陣中あんたが他の男と話してるだけで、そいつを斬り殺しそうな目で見てたりするってのに」
「………歌仙兼定が、ですか……?」
「そーだよ。知らねーの?」
「………………」
 歌仙兼定からそのような視線を感じた覚えはなく、宗三左文字は黙り込むしかない。
「さすがの鷹揚さだよな。試しに『俺がソウサモちゃんとこに日中いつも入り浸ってる』って旦那に言ってみ? 明日から俺、毎日長期遠征とかに駆り出されてるぜ」
 実際には加州清光の訪れは五日に一度程度である。
「………嘘をつくのはよくないと思いますが……歌仙兼定は、本当にそういうことをするでしょうか……?」
「そーだよ。歌仙の旦那は常識人だし性格も別に付き合いにくい訳じゃないけど、歌とか茶道とかあんたとか、旦那の好きなものが絡んだときには話は別だな。そのときだけは、みんな遠巻きになっちゃうよね」
「……『好き』………ですか…」
 それは宗三左文字が歌仙兼定に一度言われたことのある言葉だった。
 その当時は歌仙兼定の真意が全く掴めず、「自分を所有したいということか」と問い返したのだったが。
「……まさか『好き』も知らない、とか言わねーよな?」
 呆れ顔で加州清光に図星を指されて、宗三左文字はさらに頬を赤らめた。
「……あまり外の世界に触れてこなかったので、あなたや歌仙兼定のようには、世の中のことは知らないのです……」
 消え入るような声で宗三左文字が言う。
 加州清光はやや真面目な顔で宗三左文字を見た。
「じゃ、聞くけど。あんたは歌仙の旦那が『好き』なの?」
「……………僕が……ですか………?」
 宗三左文字の眉が頼りなげにひそめられた。
「歌仙の旦那がしてきたみたいに、あんたが自分で旦那に触りたいと思う? 歌仙の旦那と一緒にいたり、会話したりするのを楽しいと思う? 部屋の道具揃えてもらって、庭作ってもらって、大福食わしてもらって、そんで良かったなぁって思う? ……『好き』って、かみ砕いて言えばそういうことなんだけど」
 自分から歌仙兼定に触れようとは、宗三左文字は考えたことがなかった。
 それが可能なのかどうか検討もしたことがなかったと、宗三左文字は初めて気づく。
 加州清光は更に言い募る。
「例えば俺が。ソウサモちゃんの目の前で、歌仙の旦那の首にかじりついて、旦那と口を吸い合ってたりすんのを見たら、ソウサモちゃんはどう思う……?」
「……………それは……………」
 加州清光にそう言われた途端に起こった心の変化に、宗三左文字は戸惑った。
「……あまり、うまく言えないのですが………今……そう言われたら、……急に、腹の辺りが重くなったような気がします……。加州清光、これは…、どうしてなんでしょうか………?」
「ぶ……ぶわーっはははは!!」
 真面目くさった相好を崩し、いきなり加州清光が床に頽れて笑い出した。
「いーねもう! 正直すぎ! ソウサモちゃんてばマジやばいよね!」
 爆笑するあまり、涙を流しながら加州清光が叫んだ。
「ソウサモちゃんは確かに可愛いわ! 歌仙の旦那が囲い込むわけだよ……残念ながら、俺の好みとはちょっと違うけど! ああぁ可笑しー!!」
 床に転がってひいひいと笑い続ける加州清光を、宗三左文字は困惑して顔を赤らめながら見下ろしている。
「その……すみませんが、あなたがなぜ笑っているのか、僕にはよくわからないのですけど……」
「いやぁいいよ……ソウサモちゃんはそのまんまで……下手にいじって知識ついちゃっても歌仙の旦那に恨まれるだろうし! いやー面白い……歌仙の旦那が手を出せない理由がよくわかったわ……今のまんまも最高だもんな! ウケる………!」
 加州清光が笑う理由を自分にわかりやすく説明してくれる気は無さそうだと悟って、宗三左文字はそれ以上問うのをやめた。加州清光の笑いの発作が収まるのを黙って待っているうちに、加州清光は身を起こし、どうにか笑いを抑えながら、目尻の涙を掌で拭く。
「はー面白かった……ソウサモちゃんといると退屈しなくていいよなー」
 宗三左文字は普段通りに過ごし、加州清光に普通に対応しているだけのつもりなのだが、それが加州清光にとってはある種の刺激を呼んでしまうらしい。
「……あなたが僕と過ごして楽しいのなら、それで良いのですが……」
「いや、楽しいよ? ちょっと世間とズレてんなーとは思うけど、それで別に問題が起こるわけじゃないしな。……ただまぁ、戦場ではもう少し気をつけたほうがいいかもな。歌仙の旦那の目が届かないとこでは、ソウサモちゃんはあんま無防備に身体を晒さないほうがいいと思うよ。あんたのその見た目や立ち居振る舞いと、『天下人の刀』って二つ名は、征服欲求を刺激するもんな」
「…………………」
 加州清光の忠告の意味がよくわからず、宗三左文字は曖昧に頷くことしかできなかった。
「んじゃ、俺、そろそろ帰るわ。出陣した奴らが帰城してくる頃だから、安定のやつを迎えてやんないと」
「……仲が良いことですね」
「まー腐れ縁だね。あいつも俺の好みとは違うんだけど、いちばん気心が知れてるしね。……大福もう一個、もらってっていい? 安定に食わしてやりたいんだけど」
「ええ、いいですよ……好きなだけ、どうぞ」
 加州清光が大福を三つ懐紙に包んで去った後、静かになった居室で、宗三左文字はひとり、加州清光から与えられた課題について考えていた。
 自分が歌仙兼定との接吻をこんなに望むのだから、他の誰かが同じようにそれを望んでいる可能性は無論存在している。宗三左文字がそれに思い至らなかっただけだ。
 だがそれに気づくことは、なぜこんなに自分の心を落ち込ませ、奇妙な痛みで胸を疼かせるのだろう。
 逆も言える、と宗三左文字は思い起こす。
 歌仙兼定ではない誰か別の者が自分に触れてきたら。
 自分は歌仙兼定に触れられたときのように身体に喜びを感じるだろうか?
 恐らくそうはならない。
 だがそれがどうしてなのかは、宗三左文字にはわからないままだった。





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