<其乃二>


 数日の後。本丸にて、
「物資が不足している」
 渋い顔で歌仙兼定は言った。
「主が大阪城地下への攻略に力を傾注しすぎた。主力部隊は皆手入れが必要な状態だ。功を焦って懐深く攻めすぎるなと忠告したのに……」
「僕は構いませんよ」
 主に久しぶりの出陣を命じられた宗三左文字は淡々と応じる。
「出陣して、じゅうぶんに物資を収集したら引き返してくればよいのでしょう?」
 歌仙兼定の顔の曇りは晴れない。
「きみ一人についてなら、それほど心配はしていないんだよ、宗三左文字どの。問題は、一緒に出撃できるのが、経験の浅い短刀の子どもたちしかいないことなんだ」
「彼らを守るように気をつけますよ」
 歌仙兼定は眉を顰めたまま宗三左文字を見つめた。
 宗三左文字がそう言った以上、彼は律儀にその責務を果たそうとするだろう。それが歌仙兼定には気に入らない。
「……やはり主には、きみたちの出陣を思いとどまるよう進言するべきだと思うんだが」
 そのように言ってくる歌仙兼定でさえ、体のあちこちに小さな傷ができたものを癒やせないままになっている。
「皆を手入れするにも物資が必要でしょう。出撃できるのが僕しかいないと言うのなら、そうするべきだと思いますけれど」
「……………」
 宗三左文字を城の外に出したくなくて、歌仙兼定は葛藤する。
 いつもなら、宗三左文字をもっと戦場に出すよう主に進言しているのは歌仙兼定なのだが、今回ばかりは宗三左文字の出陣に賛成できずにいた。
 軽傷状態でも自分がついていければそうしたいのだが、他の者たちの傷が深く、安心して城を預けられる刀剣男士が自分のほかに存在していない。
 主が出撃を命じた戦場は、打刀の宗三左文字にはともかく、連れの短刀の子たちにはやや荷の重い場所だ。幾度か敵を撃破して進軍していく中で、部隊の疲労が溜まってゆけば、宗三左文字一人では対処しきれない事態に陥るのではないか。それが歌仙兼定の懸念だった。
「危なそうだったら引き返しますから。……僕と言えど、進んで破壊されたいわけではありませんし」
 歌仙兼定の表情から、宗三左文字のその言葉を歌仙兼定があまり信じていないことは宗三左文字にも察せられた。宗三左文字自身も、とりわけて破壊を避ける気持ちが無いのは事実なので、それ以上言い募ることはせず、黙って歌仙兼定を見つめるままになっている。
 やがて渋々といった態で歌仙兼定が言葉を絞り出す。
「……約束してくれ。いつも以上に慎重を期すと。敵に妙な動きがあれば、物資の収集を中断してでも帰城してきてくれ。それが無理なら、せめて伝令を。すぐに駆けつけられるように、手入れを済ませておくから」
 緊迫感を帯びた緑の目で見つめられて、宗三左文字は頷いた。
「……ええ、わかりました」



 奇妙に静かな行軍だった。
 偵察隊と思われる敵部隊と幾度か刃を交えた後、敵の攻撃は途絶えた。宗三左文字は予定通り物資を収集し続け、あと一息で必要量に到達するというところまできていた。
 宗三左文字の周囲に展開する部隊員たちは殆どが経験の浅い短刀の子どもたちだ。最初こそ遠足気分ではしゃいでいるような者もいたが、今は疲労も溜まり、皆どちらかと言えば口数少なくなっている。宗三左文字はさほど疲れてはいないものの、やはり同じように口を閉ざして、淡々と進軍を続けていた。
 雑木林に覆われた狭くなだらかな山道を、峰を右手にしながら登っている最中、横合いから宗三左文字に声をかけてきた者があった。
「隊長。なんかよくない雰囲気だぜ」
 幼い身体から、意外なほどに大人びた低い声で話しかけてきたのは薬研藤四郎だった。少しでも戦慣れした者を、と歌仙兼定が選んでくれた人材だ。共に織田信長所有だったこともあり、宗三左文字とは比較的気心の知れた存在でもある。
「峰道に敵兵がうろついてる」
 周囲を動揺させない為に、大きな声にならないよう気をつけながら、薬研藤四郎が報告してきた。
「高処からこっちを偵察してやがるぞ。斥候にしちゃ少し数が多い。この道は、今は左手がゆるい崖になって落ち込んでるが、このまま登ると左側も峰になって、谷道になるんだ。……高いところから左右挟まれると一網打尽だぜ」
 待ち伏せされて挟撃を受ける可能性を指摘され、宗三左文字は眉を顰めた。
「まずい事態ですね。この隘路では陣形も組めませんし。……敵の思惑にはまる前に、退却しましょう。待ち伏せが露見していると敵に悟られぬよう、ゆっくり隊列を変えて下さい。僕が先頭に出ますから」
 薬研藤四郎が宗三左文字の顔を見る。
「……それだと退却を始めた途端にあんたが殿(しんがり)になるぜ」
「今の部隊の中では、僕が一番持ち堪えられますよ。殿が最も強いというのは、理に適っているでしょう」
「そうだけどよ……」
「薬研藤四郎、あなたは退却を他の者たちに伝達しながら、最後尾まで下がってください。退却の号令をかけたら真っ先に帰城して、主と、留守を預かっている歌仙兼定に報告できるように」
「増援を呼ぶんだな?」
 間に合えばですけどね、と言おうとして、宗三左文字はその言葉を飲み込んだ。
「……そうです」
「わかった。合図が済んだら俺っちは脇目も振らずに逃げ帰って大将に報告するからな。それまできちんと持ち堪えてろよ」
 実務的で捌けた思考の薬研藤四郎はすぐに意識を切り替えたらしく、素直に宗三左文字の案を受け入れて彼のもとから去った。
 宗三左文字は隊を乱して異変を敵に察知させないよう気を遣いながら、ゆっくりと部隊の先頭に出る。視線を固定しないように気をつけながら峰のほうを探ると、薬研藤四郎の言うとおり、雑木林の隙間から、敵の冑や刃先が陽光を照り返す光が幾つも見えた。
 薬研藤四郎の伝達が浸透したらしく、部隊は緊迫感に包まれる。そろそろか、と宗三左文字が思う頃、薬研藤四郎の声で後方から退却の合図があった。
 部隊が一斉に踵を返し、列を乱さぬように退却を始める。意図を察したか、敵兵から大量の矢が飛び始めた。
 宗三左文字が目をやると、峰のほうから、藪の中を敵兵が駆け下ってくるのが見えた。宗三左文字は彼らを引きつける為に退却の足を止め、敵に対峙して刀を抜く。
 刀の構え方で敵の力の程は知れる。実力は拮抗、もしくは宗三左文字のほうがやや上手だが、多勢に無勢なこともあり、圧倒的に宗三左文字に不利な状況だった。
「……死ぬにはいい日でしょうかね。空も高いし」
 敵兵を見据えながら宗三左文字は呟く。
 二藍色のふわふわした頭髪と自分を見つめる緑の目が一瞬宗三左文字の脳裡に浮かんで、すぐに消えた。



「………くは…ッ!」
 三人目の敵の剣撃で勝敗は決した。
 刀で受けたものの、太刀を叩きつけられた衝撃で宗三左文字の細い体は踏ん張りが効かずに後方に吹き飛び、路傍の木の幹に頭と背中を打ちつける。脳震盪を起こして刀を取り落とし倒れ込んだところへ敵が走り寄ってきて、宗三左文字の頭髪を乱暴に掴んで首を仰け反らせ、匕首(あいくち)の刃を喉元に押し当てた。
「ッ………」
 そのまま喉を掻き斬るつもりであったに相違ないが、敵は手を止め、まだ意識が朦朧としたままの宗三左文字の顔を覗き込んできた。
「こいつ本当に男か? 公家女みてぇな白い肌してやがるぜ。見ろよこの首」
 別の敵兵が、宗三左文字を捕らえた男の背中から覗き見てくる。
「……袈裟と赤い髪に見覚えがあるな。そいつ、宗三左文字じゃねぇか? 『天下人の刀』の」
「こんなやさ男がか!?」
「身体のどこかに織田信長の切った銘が入ってるはずだ。服を剥いて捜してみろ」
「ッ……やめ…、」
 身体を打ちつけた衝撃から回復せぬまま、弱々しく拒否の声を上げて藻掻いた宗三左文字だったが、一人に身体を押さえ込まれてもう一人に強引に衣服を剥がれ、すぐに左胸の信長の刻印が陽光に晒された。
 宗三左文字の名を指摘した敵兵が口笛を吹く。
「本当に本物の宗三左文字かよ。こんな辺鄙な場所でガキのお守りたぁ、『天下人の刀』も落ちぶれたもんだな」
「っ、………」
 身体を地に押しつけられたまま、服を剥かれて嘲られる屈辱に宗三左文字は頬を赤く染め、歯を食いしばった。
「本当に吸いつくような肌の肌理だな。あの織田信長の佩刀が、こんな女みたいに優美な、なよついた様になるとはなぁ……」
「……さっさと、僕を殺せばいいでしょう………!」
 勝手に己の身を検分されながら、喉から呻くように宗三左文字は声を上げたが、匕首を取り出した男は刀を鞘に入れて腰に戻してしまう。
 そうしている間に三人ほどの男が、宗三左文字の身体の周りに集まってきていた。
「まぁ、そう急かすなよ。首と胴が繋がってる間に、信長の代わりに俺たちがてめぇを可愛がってやるからよ」
 支配感を高めた下劣な視線で見下ろされ、宗三左文字は危惧を抱く。
「っ、どういう、意味………、」
「その綺麗な身体を俺たちが使ってやるってんだよ。脚開いて膝立ててろ」
 男のひとりが宗三左文字の服の裾を割って片脚を掴み、身体を仰向けにひっくり返す。
「ッ…なに………を、」
 ひとりに上体を押さえつけられたまま、別の男に脚を持ち上げられて、宗三左文字は思わず声を上げた。
「まだわかんねぇのか? 俺たちの股ぐらのこの刀が、てめぇの尻の穴を鞘がわりにできるかどうか、ひとりずつ試してやるって言ってんだ」
 宗三左文字の脚を掴んだ男が肌着からぼろりと陰茎を取り出しながら、楽しげに言い降ろした。
「……………!」
 さすがに男たちの意図を理解し、宗三左文字の顔が青ざめる。
 数日前に受けた加州清光の警告が、宗三左文字の脳裡でようやく正しく認識された。
「やッ、は…放せ………!」
 宗三左文字の片脚を捕らえたまま、男がもう片方の手で己の陰茎を扱いて勃起させているのを見て、宗三左文字は怖気を振るう。
「っ…や…、やめろ………!」
 理性も失って宗三左文字は強く暴れる。男の手から脚が外れ、宗三左文字の膝が、屈み込みかけていたその男の顔面にまともにぶち当たった。
「てッ……!」
 脚を掴んでいた男は叫んでその場にうずくまる。
 下半身を露出させかけていた男たちは、完全に油断していた。宗三左文字は自由になった下半身を強く捻って上半身を押さえ込んでいた男の手からも抜け出し、履き物も脱げた裸足のまま、敵が伏せていた峰のほうではなく谷に向かって広がる雑木林の藪の中に飛び込んだ。
「逃げやがったぞ! 捕まえろ!」
 背後から放たれた叫びは怒りより面白がる気配のほうが強かった。宗三左文字を捕らえた後に嬲ることだけではなく、捕らえる経過をも楽しむつもりでいるのは明白だった。自分は犬追物の的として放たれた犬そのものだ。いつか敗北し、死んで自由になることについて思考したことは幾度もあったが、その過程で慰み者にされる苦痛と屈辱については考えたことがなかった。自分は戦場のことは何も知らない、と宗三左文字は歯噛みする。悪路を行くことに慣れていない足は枝や下生えを踏んですぐに血塗れになった。木の根に幾度も躓き、半裸になるほど脱がされた衣服を藪に引っかけながら走るので、ろくに速度が上がらない。
「そら、捕まえたぞ!」
「……………!」
 背後から声が押し寄せ、破れかけた袖の袂を掴まれて宗三左文字の身が均衡を崩した。
「く、」
 手近な木の幹に縋りついて転倒を押し止め、袖を破り去って服を捕らえた男から逃れる。向きを変えた際に別方向から迫ってくる敵兵の姿が見えたので、更に身を翻して男たちのいない方角へ再び走り出す。
 陽光は峰の向こうに消え、谷全体に陰が落ちている。日の方向も読めぬ今、宗三左文字は自分が何処へ向かって走っているのかもわからなくなってしまった。進軍してきた道からあまり離れると、増援部隊とも合流しづらくなることは理解していたが、あの道こそは敵兵に見張られているに違いない。
 暫くの間は谷へと駆け下りていたはずなのに、敵兵に追われているうちに、足元はいつの間にか登りに転じている。目の前が見えぬほどに茂った藪を通り抜けた、と思った途端、自分たちの部隊が通ってきた山道に戻ってきてしまったことに気がついた。巧妙に追い立てられて道に誘い込まれたと悟る間に、見通しが効く路上の登り方向に、こちらを見つけた敵兵の姿を認めた。
「いやがったぞ!」
 大声を張り上げた相手の腕が投石具を構えている。敵とは反対方向に逃げようと身体の向きを変えたところで、放たれた投石が右の(くるぶし)を打ち砕く。
「ぐッ………!」
 一撃で骨まで破砕され、宗三左文字はその場に俯せに頽れる。右足の激痛に構う暇も無く、背後から足音がして乱暴に利き腕を捻り上げられ、そのまま背中を足蹴にされて体重を乗せられて、宗三左文字は再び捕虜となった。
「ようやく捕まえたぜ……」
 背後から怨念のこもった唸り声が聞こえる。
 捕らえた男に仰向けに転がされ、顔面に拳を食らう。
「ちゃちな抵抗しやがって!」
「くはッ……!」
 ひどく怒っている男の拳は宗三左文字の鼻に当たり、鼻から血が噴出する。宗三左文字を捕まえたのは、彼が膝を顔にぶち当てた男だった。
「ッ、」
「押さえてろ!」
 後から走り寄ってきた他の男たちに命じて、宗三左文字を殴った男は宗三左文字の服を脱がせにかかる。
「や……、やめ、」
 喉奥に血を噛みながらくぐもった声を上げる宗三左文字に、
「ケツの穴に本物の刀身をぶち込まれたくなかったら大人しくしてろ! てめぇのお綺麗な顔を後で(なます)のように切り刻んでやるからな……!」
 宗三左文字の所為で顔に痣を作った男が怒鳴る。自分の命の火が消えるまでにはもっと残酷な扱いを受けるに違いないことを、男の野卑で憎悪に満ちた顔を見て宗三左文字は悟った。先ほどよりよほど強く、二人がかりで両腕を押さえ込まれ、脚にも男が一人取りついていて、もはや凌辱からは逃れられそうにない。
「くはッ、はっ…」
 咳をして喉奥の血を吐き出しながら、宗三左文字は全てを諦めた。
 帯が解かれ肌着を奪われ、腿の内側を男が探り始める。
「ッ、ぅ………」
「へッ、観念しやがったか。急に静かになったじゃねぇか。そうだ、てめぇも楽しみたかったら大人しくしてろ」
 嘲るように言いながら男の硬い指が宗三左文字の臀部をまさぐり、蕾を探し当てる。
「ひッ………!」
 乱暴に指を押し当てられて、押さえ込まれた宗三左文字の身体がびくりと跳ね上がった。
「なんだぁ……? ずいぶん固ぇな。使った経験がねぇのか。おい、俺たちが初めてか?」
 屈辱にわななく顔を見下ろされ、宗三左文字は顔を歪める。
「ッ………、」
 返答をせずとも、その表情から未通であることは相手に伝わってしまったらしい。男はげらげらと耳障りに笑って、宗三左文字の後孔を親指で乱暴に揉み込んできた。
「ぅっ、ぁ、ぁぐっ」
 苦痛に呻く宗三左文字の声も、男たちにとっては愉楽を呼ぶものにしかならないようだった。
「信長の刻印が押された身体をいいように犯せる日が来ようとはな。感無量だぜ。天下人の所有物から、俺たちみたいな下郎の嬲りものに転落した気分はどうだ? 宗三左文字さんよ」
「く………、」
 下劣な情欲に駆られた男たちの、荒く毒々しい呼気が宗三左文字の顔にかかる。
「未通でも気にすんな。最初は狭いだろうが、俺たち全員のモノがてめぇの孔を掘り終える頃にゃ、尻の絞りなんか無いも同然になってるだろうぜ」
「! …………っ…」
 宗三左文字が恐怖に目を見開く。
 男は宗三左文字の股の間に割り込み、尻を両手で抱え上げた。
 その乱暴な手。
「ッ、や、嫌だ………っ」
 やっぱり嫌だ。
 放擲したはずの嫌悪感が諦念を押し返し、宗三左文字は恐慌する。
 自分の身体に触れてほしい者はこの世界に一人だけだ。
「いやだ、はなせっ……!」
 色違いの両の目から涙を溢れさせながら、宗三左文字は抵抗しようとした。
「往生際が悪りぃぞ、今更暴れんな」
 身体は四人がかりで改めて押さえつけられ、尻の中央に男の屹立が押し当てられる。
「っぐ………、」
 凌辱されることを頭は理解していても、身体が事態を許容できない。
「いやだ……! …歌仙兼定………!」
 この場にいない者の名を口に上せたことを、宗三左文字は殆ど意識していなかった。
 助けを呼ぶように悲鳴を上げたことなど。
 答える者がいる筈もないのに。

 直後。
    慮外者どもが!!」
 聞き慣れた声が激昂しているのが宗三左文字の耳に聞こえた。
 歌仙兼定の声だ、と気づいたときには。
 宗三左文字を押さえつけていた男たちの首が二つ、椿の花のようにぼたりと地に落ちていた。




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