<其乃五> 眠れぬ夜を明かし、翌日、宗三左文字はひとり居室に座していた。 昨日の怪我もあって数日は休むよう、主から言い渡されている。歌仙兼定以下の主力部隊は、今日も大阪城の地下へ探索に向かっているはずだ。 宗三左文字は部屋で、歌仙兼定を待っていた。 今日話そう、と歌仙兼定に言われてはいる。だがあの様子では、もしかしたら歌仙兼定は帰城した後も自分の部屋に姿を現さないかも知れない。 その場合には自分が歌仙兼定のもとへ行こう。そう宗三左文字は決めていた。 夕刻、部隊が帰城したとの知らせがあった。 夜まで待ったが、歌仙兼定は姿を見せなかった。 宗三左文字は立ち上がり、廊下を、歌仙兼定の部屋へと向かう。 それは宗三左文字にとって初めて辿る道筋であった。 「今日はもう休むとの伝言を預かっております。明日、文を送るから、と」 宗三左文字を迎えたのは歌仙兼定ではなく、彼の身の回りを整える為に部屋に詰めている短刀の少年だった。 歌仙兼定は宗三左文字と直接に顔を合わせる気はないようだった。 「……今日話し合おうと言ったのは歌仙兼定ですよ。約束したのは明日ではないし、文でもなかった、と伝えてもらえますか」 「少々お待ち下さい」 少年は取り次ぎ役でしかなく、それをよく承知している宗三左文字は、特に焦ることもなく歌仙兼定を待った。 歌仙兼定が宗三左文字の部屋を訪れたことは幾度となくあるが、宗三左文字が歌仙兼定のもとを尋ねたことはなかった。宗三左文字にとって、歌仙兼定の部屋に向かって廊下を行くのも初めてなら、彼の居室に入るのも初めてだった。歌仙兼定の部屋の設えは、宗三左文字の部屋より更に洗練されていて、男性的であり、より歌仙兼定に相応しいと思える品で揃えられていた。歌仙兼定は宗三左文字に対しては、もう少し優美で品格があり、優しい色形のものを誂えている。要するにあれが、歌仙兼定の想起する自分の印象なのだろう、ということに気がついて、宗三左文字は心なしか頬が赤らむのを自覚する。 「……宗三左文字どの」 居室の奥の襖が開いて、聞き慣れた声がした。 そちらに目をやると、不機嫌な面差しで歌仙兼定が立っていた。 屋内なのにいつもの出陣の出で立ちで、肩に外套を纏い、胸に牡丹の花までつけている。 「歌仙兼定……」 「こんな格好で失礼するよ。これから出かけるつもりなのでね」 「……休んでいると聞きましたが……?」 「気が変わったんだよ。僕は気まぐれだからね」 昨夜と変わらず、歌仙兼定は宗三左文字に対し、拒絶の気配を漂わせている。 「……そうですか……。僕としては、昨日の話の続きが出来れば、あなたがどんなつもりでも構わないのです」 「……………」 歌仙兼定は諦めたように大きく息を吐いて、宗三左文字の脇に腰を下ろした。歌仙兼定が扇子を振って短刀の少年を下がらせると、部屋には昨日と同様、歌仙兼定と宗三左文字の二人しかいなくなる。 「それで……、用件は?」 敢えて不機嫌な態度を崩さずに歌仙兼定が尋ねる。宗三左文字は顎を上げ、まっすぐ歌仙兼定を見て返事をした。 「夕べ、僕の態度であなたに誤解を与えてしまったので、今夜はそれを解きたくて来たのです」 「誤解? どんな?」 「あなたは、僕があなたを欲しがっていないと僕に言いました」 「……そうだね」 「それが誤解なのです。あなたは鋭いひとだから、僕にも理解できていなかった僕の気持ちを先取りして押さえてしまって、……それが、お互いの思いの行き違いに発展していってしまいました。……僕は」 宗三左文字は少しだけ息を止め、そして告げた。 「僕はあなたが好きなのです」 扇子を手にした歌仙兼定の手がひくりと震えた。 「宗三左文字どの」 過度に抑制された歌仙兼定の声。 「きみはわかっているのかな。夜中に僕の部屋を訪れて、そんな話をし出した時点で……僕がきみに今すぐ手を出しても、誰も不思議に思わない事態なんだよ。誰かに咎められて、責が生じるとすれば、僕ではなくきみが悪いということになるよ」 「……僕に手を出すのですか?」 歌仙兼定の緑の目が射るように宗三左文字を見る。 「きみがこのままここに居座るならね。昨夜のようにきみの服を脱がせ、接吻を仕掛けて、……今度は最後まで止めないよ。きみが怯えて厭がり、泣いて赦しを請おうとも、僕はきみの体を思う存分貪り、朝まできみを帰さない」 「……ええ、わかりました」 そう言ったきり宗三左文字は動かない。 二人で座したまま、暫く沈黙が続く。 やがて、歌仙兼定が、苛々と扇子を弄りながら口を開いた。 「昨日の僕の見解が早とちりだというのなら聞くが。……きみは今、僕が欲しいかい?」 宗三左文字の色違いの両の目が歌仙兼定を見る。 「僕はあなたを手に入れたいのです」 宗三左文字の優しい声で躊躇いもなく言われて、歌仙兼定のほうが動揺を見せた。 「所有されることをあんなに嫌っていたきみ自身が、そういう事を言うのかい……?」 「あなたに対して体を開くのは厭ではありません。……少し、怖くはありますが。経験がないし、昨日、敵に野卑なことを言われて襲われた所為で、構えてしまっている部分があるのは認めます」 「………それは致し方のないことだろうね」 「でもあなたは厭ではないんです。……あなたに触れられた経験がなかったら。僕は昨日、敵から逃げ出すことさえしなかったでしょう」 「………どういう意味か、聞いてもいいかな」 「そうですね……」 宗三左文字の視線が歌仙兼定の顔から逸れて、顔が俯けられる。 「どこから話せばいいのか、よくわかりませんが……。僕は、自分のことについて、自分でよく考えてみたことがなかったのです。魔王に印を入れられてからずっと……僕の身は魔王に奪われて、自分の体や心は自分のものではなく、魔王の所有物だと思っていたので」 歌仙兼定が挑むように宗三左文字を見つめたことには宗三左文字は気づかなかった。 歌仙兼定の緑の目に、怒りを表す赤い光が散っている。それは嫉妬の視線だった。 「魔王の所有から自由になるには、自分が消えるしかないと思っていたし、だから破壊を恐れたことはなかったのです。……自由に飛び回る鳥たちのようになりたいと、空を眺めるのも好きでした。 ……でもあなたに触れられて、接吻を受けて。僕はそれが心地よいことを知りました。あなたが僕を気遣ってくれると、僕の身には気遣うだけの価値や意味があるのだと思えてくる。それが不思議で、でも嬉しくて……出陣して、あなたが待つ城に戻れることを、なぜ良かったと思うのか、あなたといるとなぜ空のことを忘れるのか、当時、その理由はまだよくわかっていなかったのですけれど……。 昨日、敵兵にあんな形で襲われて、体を嬲られると知って……あなた以外の者に触れられるのはどうしても厭で、必死で逃げ出したのです……結局は捕らえられて、あなたに助けていただきましたが。でも僕にとって自分の体が大事でなければ、僕は痛みは痛みのまま、屈辱は屈辱のままに、彼らから逃げ出したりもせず、もっと早くに、嬲られることを受け入れてしまっていたでしょう。 体を大事にしてくれと、あなたに言われなければ。あなたの手や接吻が心地よいことを知らなければ。僕は彼らに抵抗することさえ思いつかなかったでしょうね。 歌仙兼定。 ……僕は。あなた以外の誰にも、僕に触れて欲しくはありません」 宗三左文字は歌仙兼定に視線を戻していた。 深い青と緑の両の目が歌仙兼定を見つめる。 「……………」 歌仙兼定は呆然と宗三左文字を見つめた。 昨日の宗三左文字とはまるで別人のような通りの良さだ。 昨夜の怒りと困惑のもととなった思考の絡まりが、いまひといきに解けたことに感動すら覚え、歌仙兼定は、感情の起伏の主原因である目の前の相手を見返す。 「宗三左文字どの」 扇子を懐にしまって、歌仙兼定が宗三左文字に顔を寄せる。 宗三左文字は逃げず、至近から歌仙兼定を見つめ返した。 宗三左文字の頬に歌仙兼定の手が触れ、淡紅色の髪をかき上げる。 「正直に答えてくれ。昨夜、僕に触れられて……、あれは、厭じゃなかったのかい……?」 「……怖くはありましたが、厭とまでは思いませんでした。……体が震えたのは、昨日の昼に暴行を受けかけたことを思い出したからで……あなたに触れてもらえば、あの怖ましさも払拭されるのでは、と思っていたのです」 「……そうだったなら…きみには済まないことをしたね。……僕が悪かった」 歌仙兼定の掌が、宗三左文字の白い頬に当てられた。 心が伝わったことに安堵して息を吐き、宗三左文字は瞼を閉じる。 歌仙兼定の温かな掌に頬を押しつけるようにしながら、宗三左文字は、いつかもこんなことがあったと思い出す。 そう、本当は、たぶんあのときから。 「歌仙兼定……、僕は、あなたが欲しいのです」 色違いの目を開き、頬を紅潮させて、歌仙兼定を見つめながら宗三左文字は告白した。 宗三左文字の言葉に陶然となりながら、歌仙兼定は微笑む。 「嬉しいね。……でも、念のため五分待つよ」 「……五分…?」 歌仙兼定の親指で薄い唇を撫でられながら、宗三左文字が繰り返す。 「五分だけだ。今夜僕と契りを結ぶ心づもりできみがこの場にいてくれるなら、僕はもうきみを抱くのに躊躇はしないよ。……でも。きみがもし心変わりをするのなら。今から五分、僕が待つ間に、ここを去ってくれ。恨みには思わないから」 優しい声で囁いて、歌仙兼定は宗三左文字の唇の端に口づけた。 「か、かせん、」 宗三左文字が戸惑う間に、歌仙兼定は宗三左文字から少し体を離して、胸から牡丹を外して畳の上に置く。 外套の紐を解き、肩から脱ぎ下ろして、歌仙兼定はそれを丁寧に畳んでいく。 「……一分経ったよ」 宗三左文字のほうを見て、そう言った。 「……そうですか……」 宗三左文字のほうは得心したという風情で、自らも紐を解いて袈裟を外し、それを畳んで床に置いた。 「宗三左文字どの」 「……あなたが服を脱いだから、僕も脱ぐと言うだけです。……あなたが待っても待たなくても、僕の心は変わりませんから」 「そうだといいが。……二分過ぎた」 「歌仙兼定」 宗三左文字が白く長い両腕を伸ばして、歌仙兼定の首に巻きつけた。 宗三左文字のほうから口づけられて、歌仙兼定は驚きと同時に強い飢えを自覚する。 「ふ…ン……ぅ、ぅふっ……」 歌仙兼定が接吻を宗三左文字に主導させると、ゆるゆると宗三左文字の舌が歌仙兼定の口に侵入してきて、初々しさと官能がない混ざった動きで歌仙兼定の舌に絡んできた。歌仙兼定は接吻を続けながら宗三左文字の腰を抱き寄せて、宗三左文字の帯紐を片手で解いていく。 「ン……っ」 帯の緩んだ服の裾を割り、宗三左文字の隠された太腿に手で触れる。 「は、ぁ……歌仙兼定……、」 「三分経った」 「……まだ、そんなことを言うのですか……?」 手で素肌に触れられながら頬を紅潮させて、宗三左文字が歌仙兼定を見下ろした。拗ねるような、面白がるような気配がそこにある。今までの宗三左文字からは感じた事のない情感だった。 「ンっ、んふっ」 宗三左文字が歌仙兼定の纏まりの悪い二藍色の髪に両手の指を絡ませて、再度口づけてくる。歌仙兼定が力強い手で宗三左文字の腿を持ち上げると、宗三左文字はそれに逆らわず、ゆっくりと上体を畳の上に寝かせた。 宗三左文字の腰帯はすべて取り払われて、白い首元から胸板、臍、太腿までが歌仙兼定の目に露わになっている。 「あと一分あるよ」 唇を離して、自らも頬を紅潮させながら、歌仙兼定が微笑して囁く。 「……いいんですか………?」 情欲に頬を赤らめ、寝乱れた淡紅色の髪を周囲に散らして、からかうように宗三左文字が微笑んだ。 宗三左文字の、潤んだ青と緑の瞳の美しさに歌仙兼定は見惚れる。 「こんな様相で今僕が帰ったら……、城の者たちに噂されて、実際に僕の体を開いていないのに、あなたと僕は契りを結んだと、公には見られてしまうのではないですか……?」 歌仙兼定の笑みが深くなる。 「……それはそれで風流だね………でも」 宗三左文字を見下ろす緑の目に、真摯なものが宿った。 「五分経った」 歌仙兼定の手が宗三左文字の頬に再び触れる。 「宣言した通り。きみを朝まで帰さないよ。もうきみは僕のものだ」 「……………」 宗三左文字は淡紅色の睫毛を瞬かせ、怯えもせずに艶然と微笑んだ。 「……ええ、わかりました……歌仙兼定」 歌仙兼定が仕掛けた接吻を、宗三左文字は陶然と受け入れた。 契約の証のように交わした口づけは、深く長く続いた。 |
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