ゆかし影

 

2018/01/29
燭台切光忠×一期一振(燭台×
女体一兄)(BLあり)
「入りては」「見しままの」承前
全7話
※は18禁3〜6話(
は女体注意/3〜5話)(BL挿話は6話)


    



  <其乃一>

 出陣先はみごとな青空だった。
 燭台切光忠は黒手袋をはめた手を額にかざし、橙色の隻眼で初夏の陽光を見上げる。
 太刀である燭台切光忠は、近侍の歌仙兼定に次いで、主の命によって部隊長に置かれることが多かった。今日も第二部隊の隊長として指名され、自分のほかに五振の刀剣男士を引き連れて出陣先にやってきている。
 部隊は薬研藤四郎を始めとして、後藤、厚、博多などの、割と年嵩の粟田口短刀たちで構成されている。育成半ばである彼らを統轄させるつもりでもあるのか、六振目には、近ごろ本丸に参集したばかりの一期一振が充てられていた。
「今日は宜しくお願い申し上げる、燭光殿。顕現してから日が浅く、不案内なことも多いゆえ、ご迷惑をおかけするやもしれません」
 出陣前、城門の傍で、燭台切光忠のまっすぐ前に立って彼を見上げ、一期一振はそう挨拶をしてきた。大柄な燭台切光忠とは、頭一つぶんに満たぬほどの身長差がある。
 黒金の鍔章を持つ刀剣男士は、主の城ではまだ珍しい。一期一振のほかには鶴丸国永と江雪左文字が在るばかりだ。目の前に立つ一期一振は、金鍔章の太刀である燭台切光忠とも、黒金の鍔章であるほかの二振りとも雰囲気は違っていて、洋装の軍服に身を包んではいても武張った気配は一切無く、むしろ優美な印象を見る者に与えた。
 その優美さは、近侍の歌仙兼定が大切に独占している打刀の宗三左文字とも違っていた。僧形の宗三左文字には中性的な美が宿っているが、太刀にしては若干小柄な一期一振の持つ優しさと繊細さは女性的なものを匂わせた。最初に戦場で彼が顕現した時、やはり部隊長だった燭台切光忠の隣で、打刀の和泉守兼定が一期一振を見て声を上げたのを覚えている。
「あれで野郎かよ。女かと思っちまったぜ」
 燭台切光忠が口を開けて彼に何か言葉を返そうと思った矢先、傍に居た粟田口の子達がわっと一期一振を取り囲み、口々に歓迎の言葉を述べ始めた。それは鳥の巣で親鳥に餌を求めて雛鳥たちが異口同音にぴいぴいと鳴く様に似ていて、弟たちに鷹揚に言葉を返す一期一振の態度がまた、父性と言うよりは母性を強く感じさせるような態度だったので、燭台切光忠は苦笑するほかなくなった。
「色々な刀剣男士がいるのもいいもんじゃないか」
 とはいえ黒金鍔の太刀に相応しく、一期一振は戦力としては確かな存在ではあった。
 短く切り揃えられてはいても、(うす)木賊(とくさ)という珍しい髪の色は城中の刀剣男士の中でも際立って目立つ。表情は控えめだが、常に微笑を湛える秀麗な面の中で、優しげな目が琥珀の色に輝いている。洋装の衣裳は、粟田口に共通の色である紺を使った軍服ではあるが、処々に金糸があしらわれ、色数も多く、弟の脇差や短刀たちと比べると格段に豪奢で艶やかだった。
 一期一振を見る自分の視線には憧憬がある、と燭台切光忠は密かに自覚していた。隻眼で黒ずくめの装いである自分とは違う、多彩な色を持つ目の前の相手。
 かつて燭台切光忠の主だった東北の覇者・伊達政宗が憧れた、中央の煌びやかな桃山趣味。秀吉が愛した名刀一期一振は、豊臣の栄華をそのまま身に体現したような、美麗な刀剣男士であった。
「……こちらこそよろしく、一期くん。お互いしっかりと活躍して、みんなで恰好良く帰還といきたいね」
 一期一振を見下ろしながら彼の挨拶にそう答えると、粟田口唯一の太刀は、燭台切光忠に向けて優しげに微笑んだ。


 幾度かの散発的な戦いの後。
 午後の早い時刻に、燭台切光忠は一期一振の異変に気付いた。
 眉をしかめ、荒い息を吐き、握り馴れたはずの太刀を重そうに担ぐ。朝は軽快だった足取りも今は覚束ないようだ。
「一期くん、具合が悪いのかい」
 そう問いかけると、一期一振ははっとしたような顔になり、慌てて首を横に振った。
「いえ、左様なことはありません。軽傷すらしていませんし。具合が悪いことは……無い筈です」
 その言いざまは燭台切光忠の心にひっかかったが、本人が否定してくる以上は強く押せない。
 暫く進軍を続けたが、やがて現れた敵に対し、一期一振ははっきりと後れを取り始めた。
「くっ……、」
 踏み出す脚に力が足りず、太刀を振るっても重みが無い。
「一期くん、気を付けて!」
 燭台切光忠が横合いから口を出して助けに駆け寄り、一期一振を狙っていた敵短刀の前に立ちはだかって佩刀を横様に薙ぐ。敵は倒され、殲滅したが、膝から頽れるように地に手をついた一期一振はぜえぜえと息を荒く吐いて立ち上がれぬままだった。
「一体どうしたんだい? 怪我でないなら病気か何か……」
「………いい、え……、」
 燭台切光忠が手を貸してようやく一期一振は立ち上がる。掴んだ肘に違和感がある、とそこで初めて燭台切光忠は気がついた。
 一期一振の腕には全く力が入っていない。
「薬研くん!」
 一期一振から目を離さず、大声を飛ばして、そう遠くない場所にいる薬研藤四郎を燭台切光忠は呼び寄せる。
「どうした、伊達の旦那」
 少年姿をしてはいても声は低く、武人のような大人びた冷静さと医学知識を持つ薬研藤四郎がふたりの傍にやってくる。
「きみのお兄さんは具合が悪いようだ」
 一期一振が口を挟む前に、燭台切光忠が薬研藤四郎に向けて端的に述べた。
 次いで一期一振のほうに向き直り、
「迷惑を掛けたくない気持ちはありがたいけど。体調に関しては正直に申し出てくれないと、戦術が安定しないんだ。部隊長である僕の恰好がつくようにしてほしいね、一期くん」
 怒りは無くとも嗜めるような口調で言うと、一期一振は唇を噛んで俯いた。
「申し訳ない……(たい)が、崩れがちで……。何故だか、自分にも、よくわからんのです」
 自分でも何が起きたかわからず訝っているような口調だった。
「一兄、まずは脈を見せてみな」
 薬研藤四郎が一期一振の手を取り脈を図ろうとする。だが兄の手袋に包まれた手を掴んだ途端、
「ああ……脇差毒か。手の肉が柔になってるな」
 薬研藤四郎は嘆息しつつ納得したように頷いた。
「なんだって?」
 燭台切光忠が聞き返す。
 薬研藤四郎は黙っているよう彼に目くばせをして、兄に振り向き、
「一兄。ちょっと体のほうを見せてくれ」
 言うなり許可も取らず、黒い手袋をはめた手で一期一振の軍服の釦を外し、その下のシャツすらはだけて、一期一振の胸を日の下に晒した。
「――――――!」
 薬研藤四郎以外の二振りが呼吸を揃えて息を飲む。
 一期一振の胸に、小ぶりの女の乳房ができている。
「な、何故、」
「一期くん、まさかきみ、女性だったのかい!?」
 ついそのように声を上げて、直後、燭台切光忠は、己の裸身を見た一期一振が自分と同じ程に動揺していることに気がついた。
「まさか、違います、今朝は確かに普通の刀剣男士の体で―――」
 一期一振は顔を青ざめさせ、己の胸を見て震えている。
「一兄、こっちも診せてくれ」
 言うなり薬研は手袋手で衣服の上から一期一振の股間を掴んだ。
「っ、」
 事情の分からない燭台切光忠はさすがに鼻白んだ。
「や、薬研!」
 一期一振も弟の思わぬ行為に叱咤の声を上げる。
「やっぱねえな」
 叱られたことなどどこ吹く風という顔で薬研藤四郎が平然と言い、一期一振の股間から手を離した。
「いったい何してるんだ、薬研くん、」
 後ろから燭台切光忠がいたたまれなくなって声をかける。こんな在り得ない状況で平静を保っていられるほうがどうかしている。
「一兄、午前中に、敵の脇差の髑髏に咬まれただろう」
 薬研藤四郎は冷静に一期一振に指摘した。
「…………どうしてそれを知っているのだ、薬研」
 己の姿に怯えたままで一期一振が弟を詰問する。
「症例を一度だけ診たことがあってな。髑髏の毒に中ると、刀剣男士の体が女性化して、非力になっちまうんだ」
「………そ、………、」
「そんな話、聞いたことも無いぞ。本当なのかい?」
 惑乱の余り一期一振は胸を隠すことも忘れているが、燭台切光忠の視線はどうしてもそこに吸着してしまう。それは薬研藤四郎も同様のようで、今は「姉」となった長兄の乳房を眼光鋭く注視しながら、燭台切光忠の言葉を受けて薬研藤四郎は解説を続けた。
「口止めされてるから、どの刀剣男士が女になった、とは言えねえんだがな。男だった体が女になっちまったのを確かに触診したし、解毒、というか治療法も確認してある」
 理知的な薬研藤四郎の言葉はてきぱきとして淀みが無く、信頼が置けた。燭台切光忠は重ねて尋ねる。
「どうすれば一期くんは元に戻るんだい?」
 そこまで言われて、薬研藤四郎は大きく息を吐いた。
「毒に中ったのが伊達の旦那ならなぁ……。俺っちが治療者になれるところなんだが。一兄だとさすがにな。兄弟同士で、子宮(こつぼ)に子種を撒くのはぞっとしねえな。尻の穴ならともかくよ」
「……話が見えないね。毒治療の門外漢の僕にもわかるように説明してくれるかな?」
 燭台切光忠は薬研藤四郎の性格を知悉するほどに親しくはない。薬研藤四郎が突如として下世話なことを喋り始めた理由がわからず、燭台切光忠は動揺からくる苛立ちを隠し遂すのが難しくなりつつあった。
 薬研藤四郎は捌けた表情を変えず、燭台切光忠のほうを向いて、握った左拳の中に右手の人差し指を突き込みながら説明する。
「つまりだな。刀剣男士の誰かが女の一兄を抱いて、一兄をよがらせた上で女の壺にたっぷり精を撒く必要があるんだ。そうしないと治らねえ。一兄はいつまでも女の姿のままだ」
「………………………」
 にわかに信じられるような話ではなく、一期一振と燭台切光忠は押し黙る。
「…………なぜ藤四郎同士は駄目なんだい」
 暫く経ってようやく燭台切光忠がその疑問を薬研藤四郎にぶつけると、薬研藤四郎は呆れたように言ってきた。
「だって兄弟、いや姉弟だぜ? 気を遣らせられないまんまで一兄がうっかり(みごも)ったりしたら、いくらなんでも拙いだろうが。十月十日たったら近親相姦の赤ん坊が生まれちまう」
「…………、み、みごも……、」
 一期一振は青ざめて言葉も継げない。
「……一期くん、失礼」
 惑乱した状態から脱することもできず、乳房を晒したままの一期一振がさすがに気の毒になって、燭台切光忠は手を伸ばして一期一振の服の襟を合わせて女の体を覆い隠してやる。
「ということは、一期くんと親しい粟田口の子達は彼を治療することはできないんだね。城に帰還するのはいいとして、城中には、誰か彼を抱くのに適任の親しい刀剣男士はいるのかい」
「……親しい者はおりません」
 燭台切光忠の体の影から、一期一振がぽつりと言った。
「まだ顕現したばかりですから。豊臣蔵刀も徳川蔵刀も、どなたがいるかも私にはわかりかねます」
「粟田口の他の奴にも内証にしとくほうがいいな。話が広まっちまうと、俺っちとは考えが違う兄弟も出てくるだろうから」
 顎に手袋手を当てて薬研藤四郎が言うのを、燭台切光忠は隻眼で見下ろす。
「というと?」
「女の一兄を抱きたいって藤四郎がわんさか出るだろうってことさ。一兄はどの兄弟からも慕われてるし、……伊達の旦那は最初から大人で顕現してるからわかんねえだろうがな。俺っち達の年頃は、穴となりゃ木の洞でも節穴でも馬の尻でも突っ込みてえってほど性欲が強い時期なんだ。相手の体のことなんか考えらんねえ。悪ければ一兄は粟田口じゅうの兄弟に回されて、新鉢(あらばち)はボロボロになっても気は遣れねえってことになりかねんぜ」
「………………」
 燭台切光忠が眉根を寄せた理由は一つではなかった。少年姿の薬研藤四郎の、あまりにもあけすけな物言いに忌避感を抱いたし、一方で話の中身には説得力があると思いつつその内容にも嫌悪感を持ったし、何より、一期一振が、治療の適任者を見つけられそうにないことを不憫と思った。
「困ったね。城に帰って治療者を探すとしても、話を大袈裟にするのも一期くんには気の毒だろう……」
「城には帰んねえほうがいいだろう」
「……私もそう思います」
 ふたりの藤四郎に言われて燭台切光忠は言葉を切る。
「城に帰ったら兄弟に知れ渡っちまう。男姿の時だって一兄に夜這いかけてくるような兄弟もいるからな」
「………弟たちの中には目敏い者もおりますので。城中でこの事態を隠し通すのは無理かと」
「……僕が親しくしてる刀剣男士には粟田口の子ってのはいないんだけど。きみたち兄弟って、そんな乱れたことになってるのかい?」
「『夜這い』と呼ぶのは薬研の言葉の綾です。……戦場に出た後、情緒が乱れて人恋しくなるらしく、部屋を抜け出して私の元に来る弟が幾振りかおるのです。そういう弟たちは皆、夜中私に抱きついて眠っていますので………」
「………幼い子が多いとはいっても甘やかし過ぎだろう、それは」
「おねしょをして近侍の歌兼殿に叱られるよりはましでありましょう」
 苦笑するように一期一振が言うので、燭台切光忠はそれ以上責める口調を保てなかった。
 一期一振は、粟田口の長兄と言うよりは、元来、母親か長姉と呼ぶほうが相応しい精神性らしい。
「……しかし、帰城しないと治療者を見つけられないじゃないか」
「帰還しなくたっているだろう、適任者が。目の前に」
「何処に?」
 燭台切光忠が問うと、薬研が掌を上にして指先をこちらに向けてきた。
「伊達の旦那だ。粟田口じゃないから血縁じゃないし、大人だからある程度は辛抱が利くだろうし、伊達と豊臣の縁なら遠すぎるってほどでもあるまい。旦那が一兄に勃ちさえすりゃ、治療は始められるぜ」
 一期一振と燭台切光忠のふたりが呆然として二の句も継げぬ間に。
 はきはきと薬研がたたみかけてきた。
「伊達の旦那。あんたさえよければ、一兄を抱いてやってくれ。宜しく頼んだ」



「………薬研……、その提案はあまりにも燭光殿に対し無礼ではないか」
 顔を真っ赤にして一期一振はそう言った。
 弟の衒いの無さやその言葉の内容の所為で、隣に立つ燭台切光忠へのいたたまれなさが強すぎて、そう言うより他のことはできなかった。
 頭半分以上も上方にある燭台切光忠の顔を、直視もできない。女性化した所為か、そういえば背も少しだけ縮んだ気がする。
 そもそもこんな情けない局面を燭台切光忠に見られたというそのことが、十分に一期一振を打ちのめしていた。
 顕現した当初、初めて挨拶を交わした時から、燭台切光忠は一期一振の心に強い印象を残した。
 烏の羽根の如き漆黒の髪、黒い洋装、黒い武具。右目にも黒い眼帯を付け、橙色の左目を炯々と光らせている。それでいて常に笑顔は絶やさず、長身と広い肩幅、低い声からくる圧迫感を穏健な言葉づかいで和らがせ、怒りを発散することもない。親切で気働きも良いが、その体格から嫌でも膂力を感じる故か、燭台切光忠の存在感は一期一振の心の一部を高揚させ、緊張させる。燭台切光忠には自覚がないのだろう。一期一振にとっては一方的に自分を身構えさせる、油断のならない相手だった。
 自分と彼の、かつての主の緊張関係ゆえか、と一期一振は自分の心を分析していた。
 桃山の頃、自分の主であった太閤が、息子と呼べるほどに歳の離れた伊達政宗を怖れ、警戒しつつ、それでもその手腕と豪胆な気質を素直ならぬやり口で愛したように。
 燭台切光忠は一期一振に、彼に身を寄せてみたい気持ちと、声高に叫んで逃げ出すように遠ざかりたい気持ちの、双方を呼び起こす刀剣男士だった。
 そんな燭台切光忠に向けて、薬研藤四郎は自分を抱くように提言している。
 論外だ、としか思えなかった。
「どなたか……、こっそり城に帰って、治療をお願いできる刀剣男士を知ってはいまいか、薬研、」
 一期一振が必死の様相で弟に尋ねるのを燭台切光忠は隻眼で見下ろしている。
「おまえが医療に詳しいように、各人の得意分野というものがあるであろう」
「そうさなあ……」
 少年姿ではあっても城中では最古参に相当する薬研は、この場にいる他の二振りよりも城中の刀剣男士に詳しい。薬研藤四郎は少しの間考え込むふうを見せた後、
「房事に関しちゃ、にっかりの旦那が詳しそうだがな。あの旦那なら、一晩くらい一兄をよがらせて男に戻した上で、後腐れなく切れてくれそうだぜ。一兄、にっかりの旦那に頼んでみるか?」
「……にっかり青江殿なら、確かに、豊臣蔵刀であったな」
 やや安堵したように一期一振が言うのが、しかし燭台切光忠は気に入らない。
「それって殆ど陰間じゃないか」
 燭台切光忠は眉をしかめて横合いから口を出した。
「きみたち、ちょっと性に関して開放的過ぎじゃないかい。遊び女を買うように一期くんの体の話をするのはどうなんだ」
 薬研藤四郎が燭台切光忠を見上げてあっさりと返答する。
「治療なんだからそのほうが都合がいいんだよ、伊達の旦那。一兄に対し慕情があって、一兄のほうでも憎からず思ってる男を探し出して体を合わせるなんて悠長なことはできねえ。さっきも言ったが、兄弟たちに襲われるよりは陰間を買うほうがましだ」
「にっかり青江殿にお会いしたことはありませんが、薬研を通してお願いできれば……」
 そう言いながらも、一期一振には狼狽の気配がある。
 顕現して日が浅い彼は、『治療』なるものが自分の身に何をもたらすのかをさほど理解できていないようだ。
 にっかり青江のような男に一期一振が抱かれるなど、燭台切光忠は想像したくもなかった。一期一振がにっかり青江と親しいならともかく、初対面同士なのだ。
 自分の憧憬の対象が横から攫われていくのを看過することはできない。
「情愛の無い情交なんて恰好がつかないよ。僕は嫌だね」
 燭台切光忠が口角を下げ、低い声で言葉を吐き出した。
「秘密裏にする必要があって、早いほうがいいなら、今この場で、僕が一期くんの治療者に立候補するよ。無論、一期くんが僕でよければ、だけど」
「………………」
 薬研は眉を上げて燭台切光忠を見上げ、沈黙する。
 燭台切光忠が不機嫌になっている理由がわからず、一期一振も、彼の顔を見て押し黙った。
 ひとつだけはっきりしていることがあった。
 断られれば恥になる、それを承知で親切心から申し出をしてきた燭台切光忠の顔に自分が泥を塗ることはできない。体面を潰されるほど武士にとって辛いことは無く、それは彼らの象徴たる刀剣も同様だった。誇り高い伊達政宗の佩刀、無様を嫌う燭台切光忠に対しては猶のこと、そこに気を払う必要がある。
 燭台切光忠に恥をかかせたくなければ、彼の提案を受け入れるしかない。
 となれば、自分は燭台切光忠に抱かれるほかはない。
 体の奥深くで、歓喜と恐怖の双方に似た物が声を上げ、腹の中を目まぐるしく踊りまわっている。
 一期一振は、頬を赤く染め、固唾を飲んで燭台切光忠を見上げていた。





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