<其乃二> 「……燭光殿、貴方にお願いできるなら非常に助かりますが、……その………、あまりにもご迷惑ではないでしょうか」 頬を火照らせ、口ごもりながら一期一振が言ってくるが、燭台切光忠のほうは既に心を決めていた。 「きみがかける迷惑なんてものがあるとして、だとしたらどの刀剣男士に頼んでも、かかる迷惑は同程度だろう。僕でもにっかりくんでも他の誰でもね。どちらかというと、きみのお相手が『治療』の役に立つかのほうが肝心なんじゃないか。その点に関しては……僕は問題ないよ。さっき、きみの胸を見て、体がちゃんと反応したからね」 燭台切光忠は口の端を上げて笑って見せ、冗談めかして言葉を続けた。 「つまり僕のほうでは準備はできているよ。一期くんは……僕に抱かれるのは恰好がつかないかい?」 「……………、」 直截に言われて一期一振は息を飲み、 「いいえ! いいえ……、そのような、ことは……。あ、あまりに唐突で、頭が追いつかないだけです、」 茹で蟹のように顔を酷く紅潮させて必死で首を横に振る一期一振を、燭台切光忠は可憐とも哀れとも思った。 「おいで。だったらデートから始めよう。まずはお互いに馴らさないとね」 太くて長い腕を出し、一期一振の、華奢になった背に腕を回した。 「…………、」 今までになく密接に燭台切光忠に触れられて、一期一振は、相手の男性らしい硬質な触感と香混じりの体臭に眩暈を感じる。 足がふらつくような気がするのは、女になって筋力を失った所為か、それとも燭台切光忠に腰を抱かれている所為だろうか。 一期一振が声も出せずにいるうちに、脇から薬研藤四郎が口を出した。 「あんま悠長にはできねえぞ、伊達の旦那。一緒に来てる兄弟たちが怪しむだろうし、敵がいなくなったわけでもねえ。さっさと済ましてやってくれ」 「薬研くん………、」 隻眼を眇めて燭台切光忠は薬研を見下ろした。 どうもこの少年は、理学が過ぎて情緒を解していない節がある。 「犬同士じゃないんだから。人の姿をしたものが体を結ぶときには、ムードが必要なんだよ。特に一期くんは、体を交わすのが初めてなのにその上、オーガズムに達する必要もあるんだろう。ただでさえ難しいんだから、僕を急かしたりして、これ以上難度を上げないで欲しいね。……一緒に来てる粟田口の子達はきみに任せるよ、薬研くん。うまいこと言って僕たちから遠避けておいてくれ。それと、僕たちが落ち着いて過ごせそうな場所がないか探してくれないか」 「……そこらへんの草床じゃあ拙いのか?」 「駄目」 燭台切光忠は即答しつつも呆れていた。 にっかり青江に抱かせるという薬研藤四郎の提案に、一期一振の身を任せずに済んで本当に良かった、と燭台切光忠は実感していた。 悪気は無いようだが、薬研藤四郎の思考は生物として本能的、即物的すぎる。 頼りにする弟がこんな有様では一期一振が気の毒だ。 自分が口と手を出すことを決意しなかったら、彼にとってさぞ酷な事態が待ち受けていたことだろう。 「雨風と人目が避けられるところでないとね、これは最低限の条件だよ。……清潔で人気のない、あまり古びてないお社か空き家なんかがこの近辺にあればいいんだが」 「それだったら、さっき通り過ぎた村落の山ん中辺りに地蔵堂っぽいのがあったぜ。屋根と壁は新しげだったな。周囲の木の茂り方だと、人の気配がそうそうある感じでもなかったが」 「じゃあ其処へ行こう。さ、一期くん。きみの刀を貸して」 「? ……何故でありますか……?」 「だって如何にも重そうじゃないか。替わりに運んであげるよ。きみの太刀、いくら刀身が短くても、女の子が持つにはさすがに少し大きすぎるしね」 「……………、」 一期一振は潤んだ目で燭台切光忠を見上げた。 燭台切光忠の言う通り、自分が『女の子』なのだから今は非常事態なのだと理解はしていても、自分の中に、なにがしかの感銘が存在していた。 顕現してからこのかた、弟たちに頼られることはあっても、自分が誰かに頼ったことは無かった。 今のようにふらつく足で誰かに縋り、太刀を運んでもらうなどということは。 しかもその相手が燭台切光忠だとは。 己の胸の鼓動がひどく大きく耳に響き、聞き苦しいほどだ。 一期一振の動揺も知らぬげに、燭台切光忠は一期一振の太刀を自分のものと一緒に持って、にこやかに微笑んできた。 「さあ行こう。一期くん」 燭台切光忠の黒い髪が、初夏の陽光に照り映えた。 薬研藤四郎が示した地蔵堂は、確かに村落外れの山の中腹にあった。狭い土間からすぐに二畳半ばかりの板間があり、奥に木製の、優しげな顔の人体大の地蔵像が安置され、祀られている。 中は木の匂いがするほど新しく清潔で、戸の立てつけもしっかりしており、燭台切光忠の危惧を一つ減らした。戸を閉めてしまえば、多少声が漏れても、この時代の者たちや一緒に出陣してきている藤四郎たちに、自分と一期一振が睦み合う様を見られずに済む。硝子や障子の無い時代の特徴とて、内部が薄暗いのも良かった。自分はそれほど構わなくても、一期一振には、まだ日が高い今、明るい日差しの中に赤裸々に己の体を晒すのは辛かろう。 大人しく燭台切光忠についてきた一期一振は、酷く緊張した面持ちで、燭台切光忠が促したままに、靴も脱がず足を土間に置いて、板間に腰かけて俯いている。戸を閉めて中からつっかい棒をした燭台切光忠がそのすぐ隣に腰を下ろすと、一期一振の強張った体がびくりと震えた。 「……一期くん」 肩と肩が触れ合うほどの近さで。 耳元で燭台切光忠の低い声が響く。 「………な、なんでしょう……、」 恐怖か恥じらいか、一期一振の顔は耳まで赤い。 「ずいぶん緊張してるね。僕が怖い?」 直截に尋ねられ、一期一振の体に汗が湧く。 「……そ、そのようなことは………、」 半分は真実で半分は嘘だった。 「あなたが怖いのではなく、あなたと体験するだろうことが怖いのです。その……男女の和合、というのが」 「……僕が怖くなければ、睦み合う恐怖もだいぶ薄れるだろうけどね」 燭台切光忠が苦笑した気配があった。 心を見透かされていると知って、一期一振はさらに居たたまれなさを募らせる。 「…………も、申し訳、ありません………、」 自分の隣で、細い体を更に縮こめている一期一振が、燭台切光忠には憐れにも微笑ましい。 「……もし本当に僕の相手が厭なら、今ここで断ってくれてもいいんだよ。さっきは薬研くんの前で、僕の体面を慮って、申し出を了承してくれたんだろう」 「………あ、」 一期一振の琥珀色の目に一瞬動揺が過り、 「………いえ。燭光殿には、こんな恥ずかしいことを申し出ていただいて、感謝しているのです………それに、始めは気づけませなんだが、よくよく考えてみれば……、見知らぬどなたかと肌触れ合うより、親しくしていただいている燭光殿とそういうことを致すほうが、わ、私にとっては幸せなように思えてきました、」 声が震えるのを隠そうとしたが果たせなかった。 それでも一期一振は、自分が言わねばならぬことを言い果てようと必死に言葉を紡ぐ。 自分の意思と責任で燭台切光忠とこの場にいることを、彼に示さなくてはならなかった。 「燭光殿。その……、私の体の治療をしていただけますよう、お願い申し上げる」 淡木賊色の髪の下から、真っ赤になった一期一振の面が覗ける。 燭台切光忠は笑みを深めて、低くも優しい声で確認した。 「きみを抱くのは僕でいい?」 「…………………、」 一期一振は眉をしかめ、いっそう顔を俯けて、どうにか言葉を発した。 首が前に傾いだのは、肯定を示す頷きのつもりなのだろう。 「………、あ、あなたが、私は、いいです……、」 「だったら良かった」 燭台切光忠はそう言って安堵の息を吐いた。 体を結ぶのは己の快楽の為ではなく一期一振の為で、彼の治療に必要な行為なのだと互いに理解はしていても、遠慮の強い一期一振に情交を無理強いするかの如き様相になるのを燭台切光忠は避けたかった。 燭台切光忠は立ち上がって一期一振から少し体を離し、軍装を解いていく。その様を、顔を赤らめたまま、一期一振が不安な面持ちで見つめていた。 「一期くん、きみはどうする? 自分で脱いだほうがいいかい。それとも僕が脱がせてあげようか?」 背広姿になり、上着の前を開けてネクタイを緩めた姿で燭台切光忠が問うてくる。 一期一振はひくりと身を揺るがせ、 「じ……自分で脱ぎます」 震える手で、自らの軍装を解き始めた。 肩に掛けた外套代わりの指物旗を板間に置き、肩当を取る。軍服の釦を全て外し、ネクタイを取り、一期一振が自らの白手袋も脱ごうと手に指を掛けたところで、燭台切光忠が歩み寄ってその手を優しく掴んだ。 「南蛮の上流の女性は、男に素肌を見せるのを忌んだと言うね。そのほうが慎ましやかだということらしい」 「……そ、そうなのですか」 手袋越しに燭台切光忠の熱と触感を感じる。手つきは優しいのに、一期一振にとっては、その感触はちりちりと痛いほどの刺激に思えた。 自分の心はどうしてしまったのだろう、と一期一振は茫然と考える。 体の変質と共に心も変化してしまうものなのだろうか。 燭台切光忠の両手は、ごく薄手の黒い皮手袋をはめたままだった。そういえば、眼帯と同様、彼が手袋を外したところを見たことがない、と一期一振は気づく。 「女性の手袋を外して、その手に触れていいのは……、恋人だけだったらしいよ」 「……こいびと………」 一期一振が呟く間に、燭台切光忠の手が。 ゆっくりと、一期一振の右手から白い手袋を脱がせていった。 色白の肌理細かい手肌が手袋の下から現れるのを、脱がしていく燭台切光忠は言葉も忘れて見つめていた。 一期一振は、もともと男にしては手指も整って優美だったが、女性になった今は更に骨が細り、筋肉も落ち、華奢になっている。 燭台切光忠は、一期一振には気づかれぬように感嘆の息を吐いた。 形の揃った、小ぶりの艶やかな爪が燭台切光忠のほうに向けられていた。 燭台切光忠は長身を屈めて、白い素肌を顕した一期一振の手の甲にそっと口づけた。 「! ………、」 唇が瞬間、軽く触れるだけの浅い接吻に。 ぴく、と一期一振の手が震えた。 「一期くん」 息を詰めて相手を見守る一期一振を。 その手を捕えたままで、黒い髪の隙間から、燭台切光忠の橙色の瞳が射るように見つめてきた。 「今、ここにいる間だけ。僕の恋人になってくれるかい?」 「……………、」 思わず息を飲んで一期一振は声を失う。 燭台切光忠の言葉は一期一振の心をかつてないほどに揺さぶった。 彼の気遣いが有難かった。 性交を必要としているのは自分なのに、燭台切光忠は自分を恋人として抱いてくれると言う。 一期一振の目が、涙に似たものでじわりと滲む。 「……つ…謹んで、御受け致します」 震え声でそう言うと、橙色の目が笑う形に細められた。 「真面目だねえ」 そこには苦笑の気配があった。 自分は燭台切光忠に笑われるような失敗を何かしたのだろうか、と一期一振が危惧する間に。 燭台切光忠の顔が手ではなく一期一振の面に近づき、唇が唇を捕えてきた。 「ン! ん………、」 驚いたように一期一振が呻いたのは一瞬で、すぐに燭台切光忠の行為の意味を悟り、努めてと言うように体から力を抜いた。 一期一振の唇は思った以上に柔らかく、気を付けていないと理性を失ってしまうことに燭台切光忠は気がついた。 この唇は男の体のときでも同じ触感なのだろうか、と燭台切光忠はちらりと思う。 一期一振の髪や襟の内側から、香混じりの、自分とは違う体の甘い匂いがする。 とにかくもっと唇で一期一振に触れていたかった。 一期一振が板間に腰かけたままの状態では唇が遠く、しかし床に身を倒させて顔を合わせるには時期尚早と思えたので、燭台切光忠は両腕を一期一振の両脇に回して彼を抱えるようにして立たせ、己の身に添わせて抱きしめるようにしながら接吻を繰り返した。 「ッ……、ふ…、」 燭台切光忠に身を支えられ、体同士を密着させて、一期一振の足は殆ど爪先立ちの状態になっている。 「っ…、ン……ふ、」 手袋越しに触れられるのでさえ蠱惑的だったのに、五感の全てを燭台切光忠でいきなり満たされて、一期一振のほうは惑乱を通り越して殆ど茫然としつつあった。 キスの仕方など知らない。戸惑うように唇が上下する間に、燭台切光忠の意志を持った舌が両唇の隙間を探ってきて、一期一振はぴくりと身を震わせる。 「ぁふ………、」 唇を唾液交じりの舌でなぞられて一期一振の背がぞくぞくと粟立つ。それが嫌悪ではなく淫靡であると気づけるほどの自覚は、まだかれの裡には無かった。 体から力が抜けてくるのを、燭台切光忠が自分の体を抱え直してしっかりと支えてくれる。彼のはだけたシャツの裡から、今まで認識したことも無かった、彼がつけている香に合った男らしい体臭が心地よく一期一振の鼻をくすぐってきていた。燭台切光忠の大きな手に後頭部を支えられて一期一振の首が仰け反ると、自然に顎が開き、開いた唇の内側に燭台切光忠の舌が入り込んできた。 「ンんっ…! ン、ぅ…、ふぁう……っ、」 五虎退や秋田藤四郎など幼い子たちが夜、寝ぼけながら自分の頬に唇を寄せてくることはあっても、大人の男と舌と舌を絡め合うなど初めての経験だった。燭台切光忠の舌の動きには迷いは無く、一期一振は、彼に任せれば良いのだとすぐに悟った。力強い相手の舌に己の舌を嬲らせている間に、一期一振の体からはさらに力が抜けて、一期一振は両手を伸ばして燭台切光忠の胴に縋りつき、自ら体を寄せた。己の下腹部に燭台切光忠の男の象徴が当たっていて、一期一振はこれから起こる事を嫌でも意識した。 体の奥が熱く疼くのは、良いことなのか悪いことなのかわからない。 「ンっ……、ぷぁ……っ、」 暫くしてようように口と口が離れる。混じり合った互いの唾液が中空に糸を引いて、一期一振の腫れて濡れた唇に滴った。 「は……、」 茫洋と焦点の合わない瞳で、一期一振が顔を燭台切光忠の面に向けてくる。 「接吻を交わすのは……必要…ですか……?」 キスに陶然と酔ったのは明白なのに、その意味はまだわからないらしい。 燭台切光忠は破顔した。 「勿論だよ。恋人同士だし……、口と口だけじゃなくて、お互いの、体のもっと深いところを繋げるんだよ……?」 「っ………、」 もう十分に赤かった一期一振の頬がこれ以上ないほどに紅潮する。 一期一振を手放した燭台切光忠が自分の背広を脱いで、裏地を上にして硬い板間の上に敷いた。 「どうぞ。一期くん」 一期一振を背広の上に座らせ、さらにゆっくりと、体を仰向けに倒させる。 「初めてなのに、こんな場所で恰好がつかなくて申し訳ないけど」 「…いいえ……、とんでもありません。大丈夫です」 一期一振は床に横たわって燭台切光忠を見上げた。 そもそも自分のための情交なのだ。 燭台切光忠の心遣いに、一期一振の琥珀色の瞳が潤む。 燭台切光忠の背広と本人の体。これから体を結ぶ相手の温もりとにおいに上下から挟まれて、一期一振は体の奥に、溶けるような熱が起こってくるのを感じた。 「秀吉公とおね様の祝言も、土間に筵を敷いて簡素に行われたと聞いています……板間の屋内であるだけで、私には充分です。……お気遣い、痛み入ります」 その謹直な物言いに、燭台切光忠の隻眼は笑みで細くなった。 淡木賊色の一期一振の艶やかな髪が燭台切光忠の背広の上に広がっている。 燭台切光忠が一期一振の下肢の間に己の膝を割り入らせ、一期一振の股間を服越しに膝頭で刺激してきた。 「ンっ…、ぁ……、」 擦られた場所から新たに甘い熱が湧いて、一期一振が喘いだ。 燭台切光忠が手袋手を伸べて、一期一振の乱れた髪をかき上げ、掌で頬に触れてきた。 「きみの、体。見せてもらってもいいかな……?」 「……はい…」 一期一振は頷き、釦が外された己の軍服の合わせを自らの手ではだけた。 シャツの釦も外して己の体から剥ごうとしたところで。 燭台切光忠の手が動き、一期一振の脇腹に触れながら、その衣服を全て開いて、一期一振の女の体を外気に晒した。 |
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